株式会社リコー
農研機構
日本製粉株式会社
バイオプリンティング技術によりDNA分子数を1個単位で制御
~ DNA分子が所定の数だけ入った標準物質により、遺伝子検査の精度向上に貢献 ~
株式会社リコー(社長執行役員:山下良則、以下リコー)、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(理事長:久間 和生、以下農研機構)、 日本製粉グループの株式会社ファスマック(代表取締役社長:布藤 聡、以下ファスマック)は共同で、遺伝子検査装置および試薬の精度管理で使うことができる、DNA分子の絶対数が1個単位で制御された新しいDNA標準物質を、バイオプリンティング技術を活用して実現しました。標準物質とは、成分の含有量が明確にされた測定の基準となる物質のことで、DNA分子の数が個数単位で制御された標準物質はこれまで製造できませんでした。このたび開発したDNA標準物質の製造法により、遺伝子組換え食品やがん・感染症の検査など、特定のDNAを検出する遺伝子検査用の標準物質の製造が可能になり、検査をより確実なものにすることができます。
この成果は、現地時間6月4日から7日に開催されるBio International Convention (米国・ボストン)および、6月27日から29日に開催されるBiotech(日本・東京)にて発表します。
遺伝子検査において広く用いられる手法の一つであるPCR(ポリメラーゼ連鎖反応、Polymerase Chain Reaction)は、DNA分子1個レベルから増幅を行うことで検出することができると言われており、その高感度な検出性能を活かして、遺伝子組換え食品、がん・感染症の検査などに幅広く用いられています。このような検査の一部では検査対象となる特定のDNA配列(ターゲット遺伝子)の見逃しが許されず、検査機関において検査機器、試薬および検出手法全体が正しく精度管理されていることが重要となっています。これまでもDNAの種類と濃度が規定された標準物質がいくつかの企業、研究機関から提供されていますが、DNA分子数がモル(1モルはDNA分子6.02×1023個に相当)で規定された高濃度のもので、100個以下の低濃度での検査精度を確認するためには、希釈した標準物質を使う方法が一般的でした。この方法では希釈の過程でDNA分子濃度に誤差が生じるため、DNA分子数個レベルになるとサンプルにDNA分子が想定個数以上入ってしまったり、あるいは逆に全く入らなかったりする問題がありました。
この度、農研機構にて開発したターゲット遺伝子配列を組み込んだ遺伝子組換え酵母を、リコーのバイオプリンティング技術を用いて1個単位で決まった数だけプレート上のウェル(くぼみ)中に分注し、特定の遺伝子配列のDNA分子が所定の数だけ入ったDNA標準物質(DNA標準プレート)を製造することに成功しました。DNA分子の数を直接数えることは今まで不可能でしたが、ターゲット遺伝子配列を組み込んだ細胞(この場合は酵母)を扱うことによって間接的にDNA分子数をカウントすることを可能としており、バイオプリンティング技術で細胞を扱うことにより、高い生産性でDNA標準物質の製造が可能となります。
農研機構、ファスマック、リコーが共同でリアルタイムPCRを用いた評価を行ったところ、1分子から1000分子というこれまでに無い低濃度領域における検量線(検査対象物質の濃度を測る基準となる、標準物質を用いた測定結果のグラフ)の作成が可能であることを示すことができました。
リコーは、インクジェット技術を応用したバイオプリンティングの要素技術として、細胞を安定的に吐出することのできるヘッドおよび、吐出した液滴中の細胞数をカウントする技術の開発を行ってきました。
農研機構およびファスマックは、遺伝子組換え食品の検査を中心に、遺伝子検査に関する技術開発、および1分子DNA標準物質の開発、検査手法の国際標準化に長年携わってきました。
この協業によって開発された本製造法によるDNA標準物質を用いることで、遺伝子検査装置、試薬、遺伝子検査手法の精度管理をこれまで以上に厳密に行うことが可能となり、遺伝子組換え食品検査精度の向上やがん・感染症の見逃しなどを防ぐことにも繋がり、社会課題の解決に貢献する技術になるものと期待されます。
<DNA標準物質の技術的特長>
1. 新たに開発したDNA標準物質製造プロセス
今回新たに開発した標準物質のプロセスでは、ターゲット配列を有するDNA分子数をカウントするため細胞に遺伝子組換えでターゲット配列を挿入したものを用います。遺伝子組換えを行った細胞を、バイオプリンティング用の特殊インクジェットヘッドによって細胞数をカウントしながら吐出していきます。遺伝子検査で最も一般的に用いられる96ウェルプレートの各ウェルに対して順次細胞を吐出していき、最後に細胞を破壊してDNAを取り出す処理を加えることによって、各ウェルに決まったDNA分子数が入ったDNA標準プレートを製造することができます。本技術では、インクジェットの液滴高速吐出性を活かし、DNA分子数を厳密に制御した標準物質を高い生産性で製造することが可能です。
2. 細胞吐出用のインクジェットヘッドおよび飛翔液的中の細胞数カウント技術
細胞は10 μm程度の大きさを有しており沈降やノズル詰まりが発生することから、一般的なインクジェットヘッドから安定的に吐出することは容易ではありませんでした。リコーはバイオプリンティング用に細胞吐出に特化したインクジェットヘッドを開発しており、流路の無いシンプルな構成でありながら少量の溶液で液を吐出することを実現しています。更に、吐出後の液滴に対して、パルスレーザー光を照射することで細胞からの蛍光を観測し、液滴内の細胞数をカウントする技術を新たに開発しました。これによって、細胞数を数えながら液滴をウェル中に安定的に分注し、細胞数を厳密に制御することが可能となりました。
3. 製造したDNA標準物質の評価
リアルタイムPCR装置を用いてDNA分子数1~1000個のCq値(リアルタイムPCR装置の出力値であり、何回増幅を行えば検出できたかを示す値)を評価しました。その結果、従来の希釈する方法で作製したサンプルよりも、バイオプリンティングを用いて作製したサンプルの方が、DNA分子数100個以下の領域でも直線性が保たれており、繰り返し測定のばらつきも少ないことが確認できました。今回開発した製造方法による標準物質を用いて、リアルタイムPCRやサーマルサイクラー装置、試薬などの評価や精度管理をこれまで以上に精密に行うことが可能になると期待できます。
リコーは、成長戦略の1つとしてプリンティング技術の可能性を広げる「機能する印刷」というカテゴリーへの注力を掲げています。今後も、バイオプリンティング技術を活用して、今回開発した個数を厳密に制御した細胞の配置を行う技術に加え、細胞を2次元的にパターニングする技術や3次元的に積層する技術の要素開発を継続し、バイオメディカル分野において新しい価値を創造していきます。
リコーは自らの持つ技術をパートナ様と共に展開していくことにより、ヘルスケアをはじめとする社会課題の解決に貢献していきます。
農研機構は、関係機関と共同で、遺伝子組換え食品の検査法の開発、そしてその標準化を推進してまいりました。さらに、遺伝子組換え食品の検査法にとどまらず、遺伝子検査の精度管理に資する、技術開発を進めるとともに、「分子生物学的技術を用いた食品検査法」の国際標準化についても積極的に取り組んでおります。
農研機構は、今後も、農産物及び食品の安全と信頼性確保のための技術開発を通じ、社会に貢献していきます。
ファスマックは、2001年の設立以来、農林水産省、厚生労働省、両省の関連機関と共同で遺伝子組換え食品や食物アレルゲンの「日本標準分析法」の技術開発を進めてまいりました。この検査技術は日本のみならず、米国、中国などでもご活用いただいております。
また、「分子生物学的技術を用いた食品検査法」の国際標準化などの活動にも積極的に取り組んでおります。
ファスマックは、社会的に重要な命題である「食の安全・安心」の確保を、世界水準の検査技術で支えてまいります。
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