掲載日時: 2009-11-29 17:11

バズワードに動じない「JAポイントシステム」に見たクラウドコンピューティングの本質

朝日インタラクティブ主催のイベント「プライベートクラウドで業務改革」で、基調講演として紹介された「JAポイントシステム」の構築事例は、技術論やバズワードに振り回されない「クラウドコンピューティング」の本質を突いたものだった。

著者 : 柴田克己(編集部)

URL : https://japan.zdnet.com/article/20404420/

 11月26日、東京大手町スカイサンルームにおいて、朝日インタラクティブ主催のイベント「仮想化技術×プライベートクラウドの新たな可能性 IT部門変革の刻--プライベートクラウドで業務改革」が開催された。昨今の「クラウド」に対する関心の高まりを受け、多くの来場者が、事例発表やITベンダーによる最新の技術動向紹介に耳を傾けた。

 イベント最初のプログラムは、全国農業協同組合中央会(JA全中)経営対策部情報システム対策課審議役の佐藤千明氏による、「JAポイントシステム」の構築事例発表だ。

 佐藤氏は冒頭、「雲をつかむようなあいまいな話ではなく、雲の中の具体的な仕組みの話をしたい」と切り出した。

佐藤千明氏 JA全中、経営対策部情報システム対策課審議役の佐藤千明氏

「実際に、システム自体の難易度は高くなく、技術自体にも特に目新しいものはない。しかし、規模は大きく、今後のビジネスに対して高い発展性を秘めている。グループのEDP部門が、特定業務において外部のベンダーと組んで実現した事例のひとつとしてとらえてほしい」(佐藤氏)

「700のサイロ」をどうやってまとめるか

 JAポイントシステムが生まれた経緯を見るにあたり、まずは、JAグループの組織構成について簡単に触れておきたい。

 JAグループには、JAバンクなどを運営している信用事業、JA共済などを運営する共済事業、営農支援事業など、複数の事業体が存在する。また、それぞれの事業は、全国域での統括を行う事業体と、それぞれの県域を統括する事業体とに分けられる。

「事業内容」と「県域」によって分割された細かいチームが、それぞれに会社として事業を展開している状態だ。いわば「社長が700人近くいる」(佐藤氏)状態であり、情報システムの運営も、それぞれの会社で個別に行われている。

 JAポイントシステムは、それまで、一部事業で実施していた「事業別個別優遇制度」を、グループ全体での総合ポイント制に集約、一元化することを目的として構築が始められた。この制度が導入されることで、組合員になることのメリットが明確化され、加入が促進されると考えられるほか、JA各事業の利用拡大にも寄与する。また、ポイントシステムに関する業務を中央に一括してアウトソースすることにより、各事業の県段階連合では、短期間かつ安価なポイントシステムの導入が可能になる。システムの運用管理や機能改善についても、JAグループによる全国レベルでの対応が行われる点でメリットは大きい。

 冒頭で佐藤氏は「システム自体の難易度は高くない」と述べているが、これはある意味控えめな自己評価というべきだろう。なぜなら、「個別に戦略があり、個別に情報システムが運営されている」すべてのグループ企業から、一部の業務(今回の場合はポイントシステム)を一括して受け入れるための仕組み作りには、相当な手間と調整能力が必要になるはずだからだ。

 JAポイントシステムの構築にあたっては、各県で個別に蓄積される取引データをすべて集約し、中央のシステムでポイントに変換して、ふたたび各県のシステムへと戻す必要がある。さらにリアルタイム性を実現するためには各販売店のPOS端末、KIOSK端末との連係も必要だ。

 システムを構成するにあたっては、そうした各拠点や端末と、中央のポイントシステムとのデータ連係部分を、どれだけ効率的に作り上げるかが重要だったと佐藤氏は振り返る。

各システムからポイントシステムへの連動 JAポイントシステムの構築にあたっては、各事業体、各県で個別に管理されているデータを中央のデータと効率的に連係させる仕組みが重要だった(画像クリックで拡大表示)

 また、ポイント換算の仕組みを実現するにあたっては、高い柔軟性が必要とされた。

 ポイント計算の仕組みは、各事業体の戦略によって異なる。戦略が変われば、変換率も変わる。さらに、会員の属性や資格などによって、さまざまな還元率が存在する。ポイント還元の仕組みも、定期的に行われるものと、会員によってオンラインで行われる任意のものがある。

 その点で、全事業体でそれぞれの戦略に沿ったポイント設定が行え、かつ、それを統合管理できる汎用性の高さが求められた。佐藤氏は「フレキシビリティに加え、今後の拡張性を確保するためのデータ設計に苦心した」とする。

明確な統一インターフェースを定義

 JAにおいて、総合ポイント制度の導入が検討され始めたのは、2006年10月の全国大会での決議に端を発する。その翌年、2007年8月からモデル県となる3県で要件定義を開始。2008年4月に、そこで作成された原案を全国説明会で提示して、8月の全国大会で、最終的な要件が確定した。本格的な開発は、そこからのスタートだ。

 各県システムと中央とのデータ連係を効率的に行うために定義されたのは、統一された明確なインターフェースだ。各県は、それぞれに管理している利用者総合データベースから、ポイント会員を振り分け、統一されたデータ形式に合わせて中央に送信する。そのための仕組みは、各県が個別に運用するスタイルをとっている。県内での仕組みは県で管轄し、中央とのやりとりのルールだけを規格化したわけだ。

 ハードウェア的には、NECにアウトソースした「POINT全国センター」のネットワークをIP-VPNで県と接続する形態をとった。末端のPOS端末、クレジット兼ポイント端末にはNTTドコモのFOMA網を利用。データを取り込むためのインターフェースを個別に用意した。また、顧客データをポイントカード(クレジットカード)の番号ベースで管理するため、CARDNETセンターやCCT端末管理会社である三菱UFJニコスと、中央のシステムをISDN網で接続し、相互に同期しながら運用を行っている。

システム構成図 JAポイントシステムの構成図(画像クリックで拡大表示)

 ポイントシステムにおける初期の機器構成は、導入より3カ年経過時点でのトランザクション増に耐えられることを想定している。1日あたりのリアルタイムトランザクションで70万件、1カ月あたりのバッチ処理件数で1500万件を処理できるように設計されているという。また、可用性については、99.9%の稼働率を目標としている。

 ところで、一般的に「クラウド」と合わせて語られることが多い「仮想化技術」については、現時点で、このJAポイントシステムにおいて重要な意味を持たない。理由のひとつは、グループ企業内で使われる特定業務向けのシステムにおいて、予測不能なほどにダイナミックな必要リソースの増減が発生しないという点だ。

 佐藤氏は、「仮想化は複数システムを1つの基盤上で稼働させる際には有効。しかし、(ダイナミックな利用者変動が少ない)企業内システムでは、迅速な構成変更を実現する技術としてのニーズは(少なくともJAグループにおいて)不明」とする。

 もっとも、JAポイントシステムでは、ITベンダー(NECのデータセンター)にアウトソースしているコンピューティング資源の詳細について、エンドユーザーである各県単位のEDP部門は知る必要がない。その点では、極めてクラウド的なシステム資源の利用法であるとも言える。

 このJAポイントシステムは、2009年4月より本稼働に入っている。今後の目標として佐藤氏は、まずポイントシステム自体の利用者拡大を挙げる。2012年度末までに全国で500万人の加入を目指すという。

 また、機能面では、インターネットからのポイント残高、履歴照会、還元の申し込みを可能とするほか、還元メニューの充実、事業体や県をまたいだポイントの付与や還元、クレジットカード取引情報を利用したポイント付与などを検討しているとする。

「クラウド」ではなく「クロウト」コンピューティングの礎として

 加えて、今回のポイントシステムを起点とした、JAグループの持つITシステム全体のリフォームも視野に入れているという。

 JA事業体別や各県別の個別処理から、標準化可能な業務について全国標準のシステムを共同利用する形に移行することで、情報システム部門自体の機能を変化させていきたいとする。

 佐藤氏は、今後のJAグループの情報システムのあり方について「JA全中や各県の電算センターが、ITベンダーや共同運用センターのPaaS基盤を利用して、各JAに業務処理サービスを提供するSaaS事業を展開。情報システム部門は、運用管理の機能を外に出し、業務システムの企画へと機能をシフトしていく」と表現している。

 この形態が進めば、最終的に複数の業務別の共同運用センターが物理的に統合されることになる。統合された共同運用センターでは、資源の効率的な運用を図る必要があるため、結果的に複数のシステムおよび複数のユーザー向けにIT資源を(技術的に)仮想化して管理することになるだろう。

 この時点で、共同運用センターはJAグループにおける「プライベートクラウドコンピューティング」を、技術的な側面からも具現化するものとなる。

JAのポイントシステムの変遷 JAにおけるポイントシステム運用形態の変遷。各JAが個別で運用していたものを、県の電算センターで集約、されにそれを全国連の情報システム部門で集約する形で統合が進んでいる(画像クリックで拡大表示)

 佐藤氏は、ZDNet Japan編集長に対し「JAポイントシステムはプライベートクラウドではない」と述べている。今回の基調講演では、NIST(米国商務省国立標準技術研究所)によるクラウドコンピューティングの定義をひき、個別の要件を列挙しながら、「アバウトな定義でいけば“クラウド”と呼べるかもしれないが、(課金形態や仮想化技術の採用など)個別の要件から見ると“クラウド”には当てはまらない」と、その根拠を説明した。

 そして、このグループ内データセンターの形態を「プライベートクラウドと呼ぶかどうかには無関心」であるとも言い切る。その本質は、バズワードや技術論に振り回されることなく、コスト削減や業務の効率化、運用管理のアウトソースによるEDP部門の役割の変化といった改革を、情報システムの視点で考え、実現している点にあるのではないだろうか。

 佐藤氏は、「システム基盤はITに詳しいベンダーのPaaSと後方支援に期待し、企業内EDP部門は業務システム設計に強みを持つ“クロウト(玄人)コンピューティング屋”へ進化していくべきではないだろうか」と述べ、講演を締めくくった。

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