通信のゆくえを追う

「仮想化」の光と影

菊地泰敏(ローランド・ベルガー)

2014-01-31 07:30

 近年の情報通信技術のトレンドの1つに仮想化(Virtualization)を挙げることに違和感はないであろう。VPN(Virtual Private Network)を日常的に使っている人も多いと考えられる。例えば、社外からメールを読んだり、あるいは社内の業務用サーバにアクセスする際には、インターネットに接続した後、VPNのアプリケーションを立ち上げることが多いのではないかと思う。

 また、最近よく聞かれる言葉の1つにSDN(Software Defined Network)がある。物理的なネットワークの構成を意識せずに、ネットワークのリソースを最適化する技術である。クラウドも1つの仮想化技術の利用形態と言えよう。

 考えてみれば、通信サービスそのものが仮想化とともに歩んできたと言っても過言ではない。意思の疎通のために会って話していたものが、郵便になり、電話やファックスになり、メールになり、ということで“あたかも”その場にいるのと変わらない速度、感覚でコミュニケーションが取れるようになってきたのである。

 テレプレゼンス(ビデオ会議)などはその典型例だ。時間・空間を超えて、すぐそばにいるかのような感覚になる。また、これらの仮想化技術により、コミュニケーションコストが下がったことが重要である。あるいは、コストが下がることそのものが第一義的な目的なのかもしれない。

 例えば、情報セキュリティ上の問題があるからといって、本社と世界中にある支社とをすべて専用線で接続するのでは、莫大なコストがかかってしまう。これをVPN(Internet-VPN)化すれば、アプリケーションのインストール費(とISPへの支払い)程度で済んでしまうのである。

落とし穴はないか

 さて、このように利便性が高く、費用対効果も高い仮想化ではあるが、そこに落とし穴はないのであろうか?

 まず、「仮想(Virtual)」であるから、本当の意味での強固なセキュリティは求められない。もちろん通常の利用には必要十分なレベルのセキュリティは確保できるものの、国家機密や軍事機密などをInternet-VPNでやり取りするとは考えにくい。

 また、コストメリットについても、そのメリットを享受するのが誰なのかによって、世の中に対する浸透の度合いが変わってくるもの当然である。

 例えば、これも今はやりの言葉であるBYODを考えてみよう。BYOD(Bring Your Own Device)。これが仮想化と関係あるのか、と思うかもしれない。だが、個人の所有する端末(デバイス)を、「仮想的に」企業が用いる(業務用に用いる)と考えられるのである。

「BYO」を掲げるレストラン

 さて、BYODという言葉。日本ではBYODとして知られるようになったが、「BYO」という言葉や概念を知らないと、実はしっくりと理解できない。BYO。Bring Your Ownの略であるが、では何を持っていくのであろうか。実は、Bring Your Own Wine (Alcohol) なのである。

 英・米などの国に行くと、BYOを掲げているレストランに出会うことがある。レストラン内で酒類を提供するために免許(ライセンス)を取得する必要があるが、それが高いためにレストランでは酒類を扱わず、客自身が酒類を持ち込むことを許しているのである。

 そのようなレストランの数軒先には必ず酒屋があるので心配する必要はない。そこで、ビール、ワインなど好きな飲み物を買っていけば、グラスや氷はレストランで出してくれる。また、レストランに来店する数時間前に持ち込んでおけば冷やしておいてもらえる。これによって、レストラン側は高いライセンス料を支払わなくて済み、客側はずっしりとしたマージンの載った価格で飲み物をオーダーすることなく、食事やお酒が楽しめ、両者ともにコストメリットを享受できるのである。

 さて、改めてBYODを考えてみよう。誰に、どんなメリットがあるのか。会社側は端末代が要らない。もともと従業員が所有しているデバイスであるから、そこにコストは発生しない(少しくらいの補助はあるかもしれないが、多くを望むことはできないであろう。多くを望めるようであれば、そもそも会社支給となるであろう)。

 従業員側にはどんなメリットがあるのであろうか。複数の端末を持ち歩く煩雑さからの開放であろうか。

 実はユーザーである従業員にはあまりメリットがないのである。対して、多くのデメリットというか、障壁が存在する。

 企業側は情報セキュリティ上のリスク対策として、MDM(Mobile Device Management)のためのアプリケーションをインストールしたがる。これによって、盗難や紛失の際に、遠隔操作でデータを消去する(リモートワイプ)ことなどによりセキュリティリスクを軽減しようとしたがるのである。

 端末の所有者でありユーザである従業員自身は、そのようなアプリケーションをインストールしたいであろうか。

 限られたメモリ領域に使いたくないアプリをインストールすることだけでも、抵抗感が生まれてもおかしくない。それに、もしなくしたりしたら、大切な私的なデータも遠隔消去されてしまうリスクにさらされる。その回避のために、昨今ではMobile Application Management(MAM)、Mobile Contents Management(MCM)などのツールも開発されている。

 このように、端末の所有者であり、最終的な利用者であるユーザーとメリットの享受者が一致しない場合、普及は限定的にならざるを得ない。世間では、まことしやかにBYODの導入セミナーなどが開催され、BYOD化することが当たり前かのような風潮さえある。

 しかし、もともと仮想的な考え方なのである。セキュリティとコストを考えて(MDMアプリのインストールなど)色々と制限事項を加えていくと、使いにくいものになってしまうのは止むを得ないことなのである。

 従業員が、業務上の電話連絡をしたとき、その料金を会社負担にするくらいがちょうどいいのかもしれない。導入の目的とメリット、デメリットをしっかりと把握していく必要がある。

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菊地 泰敏
ローランド・ベルガー パートナー
大阪大学基礎工学部情報工学科卒業、同大学院修士課程修了 東京工業大学MOT(技術経営修士)。国際デジタル通信株式会社、米国系戦略コンサルティング・ファームを経て、ローランド・ベルガーに参画。通信、電機、IT、電力および製薬業界を中心に、事業戦略立案、新規事業開発、商品・サービス開発、研究開発マネジメント、業務プロセス設計、組織構造改革に豊富な経験を持つ。また、多くのM&AやPMIプロジェクトを推進。グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略基礎およびオペレーション戦略を担当)

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