「第5回北東アジアOSS推進フォーラム in 福岡」では、オープンソースソフトウェア(OSS)のエコシステムについて、日本、中国、韓国の代表が発表するセッションが設けられた。日本の代表として壇上に立ったのは、ソニーに所属し、Consumer Electronics Linux Forum(CELF)でマーケティンググループチェアを務める上田理氏だ。CELFは、家電などの組み込み機器向けLinuxを発展させることを目的に2003年6月に設立されたフォーラムだ。
上田氏は、OSSの良い面を鮭に例えて話した。上田氏によると、できたばかりのOSSは技術の稚魚だ。それは小さなアイデアに過ぎないが、オープンソースの世界に放流すると、一緒に稚魚を育てようとする技術者や、アイデアを出すパートナー、サポートする企業などが出てくる。稚魚の段階からOSSを商品に組み込む技術者も出現し、その段階で発覚したバグからより良いアイデアや実装方法が沸いてくる、といった具合で稚魚が育っていくというのだ。
こうしたエコシステムが成り立つよう、OSSの稚魚を育てる川が枯れてしまわないようにとの思いで立ち上がったのがCELFだ。
コミュニティの意味を考える
上田氏は、CELFが立ち上がったばかりの頃「コミュニティとは何か」について考えていたという。その際、上田氏が感じたことは、「コミュニティとは人と人とが価値観を分かち合い、その価値観が引力の役目を果たして協力し合う集まりのこと。単に人が集まっただけでは群衆に過ぎない。コミュニティには必ず価値観の共有が存在する」(上田氏)ということだ。
同時に上田氏は、「日米間ではコミュニティの考え方が違うのではないか」と考えた。「米国のコミュニティは、何百年も前に移民として米国に最初に移住した人たちが、新しい土地で厳しい冬を乗り越えるために知恵を出し合い、協力し合ったということから始まっている。つまり、協力がなければ死を意味するというほど、コミュニティは生死をかけたものだった。日本は幸いにも天候が穏和で、毎年秋には恵みの季節が訪れる。アメリカに比べればずっと安定したコミュニティだ」(上田氏)
上田氏は、どちらがいい、悪いというのではなく、「Linuxは米国型コミュニティの中にいる」ということを認識すべきだとしている。Linuxは、お互い助け合いつつ、進化する世界にいるのだ。
本来米国型コミュニティに属するLinuxだが、組み込み分野に関しては技術者がアジア方面に集中しているため、CELFは上田氏の所属するソニーをはじめとする日本企業がリーダーシップを取っている。上田氏は、「これほど米国とはコミュニティ感の違う日本がリーダーシップを取って、本当にLinuxの進化に貢献できるのか」と、最初は不安だったと明かす。
事実、CELF設立1年目にはある「事件」が起こった。CELFが独自に組み込み向けLinuxの仕様書を作ってしまったのだ。これにコミュニティは大きく反発した。CELFには、「仕様書さえ作れば誰かがタダ働きでコードを作ってくれると思ったら大間違いだ」といった内容のメールが多数届いたという。
そこでCELFではコミュニティのあり方について再度考え直し、方向転換した。開発を自主的に行い、その結果を公表し、意見を求め、「共に開発を進めましょう」とコミュニティに呼びかける形式を取った。また、Linuxの開発コミュニティでは英語での意見交換が多く、おとなしくなりがちな日本人だが、日本人でも自由に意見が述べられる場を設けるために「テクニカルジャンボリー」というイベントも数カ月ごとに開催した。「カンファレンスと言わずにジャンボリーと名付けたのは、少年のボーイスカウトのようにキャンプファイヤーを囲んで自由に意見を述べられる雰囲気にしたかったから」と上田氏。実際にこのジャンボリーでは、デモに対する質疑応答が1時間ほど続くということも珍しくないという。
上田氏は、CELFの意義を再度強調した。「CELFは、人と人とが結ばれたコミュニティだ。この人同士を結びつける引力は、Linuxを組み込み向けOSとして最高のものに発展させたい、われわれの商品の将来を支える基盤となってもらいたいという共通の価値観にある。こうした価値観で引きつけ合いながら、外から見た時に銀河系のように見えるようになりたい」(上田氏)