IBMのCEOのSam Palmisano氏によれば、「Innovation(イノベーション)」とは「Invention(発明)」と「Insight(洞察)」の交わるところで生じるものであると言う。つまり、まずInventionがあり、そこに適用方法に関するInsightがあって、それはInnovationに至るという訳だ。つまり、Inventionが常にInnovationに先行する。
しかし、Google Labsの「Books Ngram Viewer」によると、必ずしもそうではないようだ。Books Ngram Viewerは過去から現在に至る書籍に登場した用語を集積し、キーワードを入力すると、その登場頻度が折れ線グラフとなって表示される。それは、指定されたキーワードの重要度を時系列に表現するものとなる。さて、そこにInnovationとInventionを入力して表示させてみると、こんな感じになる。
すると面白いことが判る。20世紀頭から現在までを追いかけると、InnovationとInventionが対称的な動きをしていることが見て取れる。つまり、Innovation(青のライン)が増えるに伴い、Invention(赤のライン)が減り、Innovationが減るとInventionが増える。しかも、1970年頃を境としてInnovationはInventionから主役の座を奪い取り、21世紀初頭に最盛期を迎える。ところが、その後Innovationの衰退とともにInventionが復活の兆しを見せる。
Palmisano氏の定義に基づけば、InnovationとInventionは、このような対称的な動きを見せるものではない。InventionがあってのInnovationである以上、Inventionが減ればInnovationもそれを追いかけて減ってゆくはずで、Inventionが増えればInnovationも増えるはずだ。つまり、本来であれば、InnovationとInventionのグラフは対称的というより、少しずれた相似形であるべきなのだ。
ところが、このグラフの時間軸を一気に1700年代まで遡らせると様相が変わってくる。
こちらのグラフを見ると、Invention(赤いライン)は産業革命が始まって間もない1770年頃にピークを迎え、そこから18世紀を通して緩やかな下降線を辿る。一方のInnovation(青いライン)は、Inventionと比べると遥かに控えめながら、それを追うようにして1790年頃に最初のピークを迎え、以降20世紀中盤まで緩やかに下降する。こちらの方がPalmisano氏の言葉とイメージが合う。つまり、まずInventionがあり、それにInsightが加わったInnovationが続くのである。
こうしたInventionにInnovationが連動する動きは、1940年頃を境に消失し、むしろ、それらは先に述べたように対称的な動きへと変わってゆく。1940年以降の動きは、基礎研究を軽視してInnovationを重視する姿勢を反映するものと解釈できる。そして、2000年を超えた頃から、そのツケが回ってきたということかもしれない。今もInnovationはビジネスでは最も多用されるキーワードのひとつであるが、Innovationは、InventionとInsightがあってこそ成り立つものであることは忘れてはならないだろう。
ただし、この考察はあくまで書籍に登場するキーワードの頻度が、社会における、その重要度を表すとの前提に立っており、実際にどのくらいの投資がInnovationあるいはInventionに対して投じられたかは、ここでは考慮していない。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。