最近の米国では、リテール金融にフォーカスしたカンファレンスでも「決済性預金」、日本で言えば「普通預金」がフォーカスを浴びていたりする。もはや資産運用やクレジットカードなどの付加サービスの話ではなく、まずは預金でお客様との接点を再構築しましょうということのようだ。つまり、一度失ってしまった消費者からの信頼を取り戻すために金融機関も一生懸命なのだ。
家計簿ソフトを巡って
そんな状況なだけに、米国の消費者にとって家計の管理は大切だ。その家計簿ソフトの領域で、ここ半年で大きな動きがいくつもあった。
まず、今年6月にMicrosoftが開発する家計簿ソフト「Microsoft Money」の販売が打ち切られた。そして、9月にはMicrosoft Moneyの競合製品である「Quicken」の提供企業であるIntuitが、オンライン家計簿ソフトの「Mint.com」を$170Mで買収することが明らかとなる。
一方で、同月末、一度は家計簿ソフトからは撤退したかに見えたMicrosoftが、Citiと組んでオンライン家計簿ソフトの開発に乗り出したことが報じられる。
Mint.comの奇跡
Mint.comは2006年に設立され、2007年9月にサービスインする。そのわずか2年後にIntuitに買収されるまでにユーザー数は150万人へ拡大する。そのビジネスモデルは、ユーザーではなく提携企業から収益を得るものである。
つまり、ユーザーの家計支出のパターンに応じて、提携する金融機関からのサービスや商品紹介を行い、その成功報酬を提携企業から受け取るものである。このビジネスモデルはユーザーへのデスクトップソフトの販売を主たる収入源とするMicrosoftやIntuitから顧客を奪っていったと考えられる。
技術的な背景としては、アカウントアグリゲーションと、リッチなウェブインターフェースが挙げられる。Mint.comではアカウントアグリゲーション機能でユーザーが保有する口座情報は自動的に集約・分類されるので、ユーザーが自分で入力をする手間はない。また、ウェブ上でもデスクトップに劣らない使いやすいユーザーインターフェースを実現している。
また、特定の金融機関とは結びつかない中立性が、独立心の強いユーザーの志向と結びついたと考えられる。金融危機以降にユーザー数が100万を突破しているが、家計管理へのニーズの高まりに加え、金融機関に頼らずに家計の管理をしたいという消費者の心理も反映しているのではないだろうか。
勝者としてのオンラインサービス
デスクトップの家計簿ソフトで争っていたIntuitとMicrosoftにしてみると、全く違う角度から突然敵が現われて、わずか2年でゲームのルールを変えられてしまったことになる。
Microsoftは、デスクトップソフトから撤退して、Citiと共にオンラインサービスを構築しようとしている。一方のIntuitは、Quickenを引退させはしていないものの、競合であったMint.comを買収することで、オンラインサービスへ参入する。
最近、こうしたソフトウェア領域におけるデスクトップ型とサービス型の戦いが頻発しているが、家計という相対的に短期的な資金需給を管理する領域、つまりスイッチングコストが比較的低い領域では、これだけ早いスピードで世代交代が進んでしまうという恐さを見せてくれたのだと言える。しかも、お金の管理という、極めてプライベートな情報をオンラインベンチャーに任せた人たちが150万人いたということも時代の変化を捉えていて象徴的である。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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