「デジタル小作人」――。経済産業省でデジタルトランスフォーメーション(DX)施策を推進する和泉憲明氏が先日、ある講演会で日本のデジタル化の現状をこう表現していた。富士通やNECなど大手ITベンダーだけでなく、日本の政府から企業までがクラウドベンダーをはじめとする米IT企業に高い使用料を支払って、重要な価値を搾取される。そんな姿を想像する。
そこから脱する手立てはあるだろうか。ヒントとなる興味深い調査データがあった。野村総合研究所(NRI)が中国の騰訊研究院(テンセント研究院)と共同で実施したオンライン会議ソフトの利用状況調査だ。調査に当たったNRI未来創発センター・上級コンサルタントの李智慧氏は2月22日の会見で、働き方から教育、医療、行政、生活など日中共通の課題を取り上げて、それぞれのデジタル化状況を報告した。
最大の違いは、中小企業のデジタル化にある。中国の場合、中小企業のデジタル化が大手にそん色ないほど進展している。リモートワークやオンライン教育・研修にとどまらず、オンライン診療も進む。一方、日本のデジタル化は大企業を中心に進展している。
中国は新型コロナウイルス感染症の流行前から政府や企業でオンライン会議ソフトの利用を始めていたので、数多くの業種で利用率が8割を超える。それに対して、日本は5割弱にとどまり、しかも中小企業の利用率は大企業の半分程度。なぜ、中国のオンライン対応は素早かったのか。
1つ目は、オンライン会議ソフトの機能が豊富なことにある。例えば、阿里巴巴集団(アリババグループ)の「DingTalk」は、人事管理や会計管理、顧客管理などコミュニケーション以外の機能も備えている。李氏によれば、DingTalkは1000万社以上が導入し、コロナ禍には期間限定で無償提供された。一方、日本で働く従業員の約4割が「自分はリモートワーク制度の対象外」と、出勤を余儀なくされる。紙でやりとりする業務が根強く残っていたからだろう。
2つ目はオンライン会議ソフトの利用シーンにある。日本は社内会議での利用が圧倒的に多いのに対して、中国は研修や教育など多様な分野で活用される。オンライン授業では、学校管理システムと連携させたり、授業の予定登録や宿題管理、入試面談に利用したりする。「中国では、先生に技術能力がなくても、画面の作成や配信が容易にできるようになっている。生徒が授業に参加したかなど、学習の進行状況も管理できる」(李氏)。オンライン授業の環境整備に大きく遅れた日本には、そうしたノウハウが乏しい。
3つ目は行政サービス。調査によると、中国では、政府職員によるオンライン会議ソフトの利用率は、一般企業の従業員よりも高いという。クラウド型の行政向けプラットフォームがあるなど、コロナ禍前から行政サービスのオンライン化が進んでいたことも影響しているのだろう。広東省は「WeChat」上で稼働するミニプログラムを用いて1000種以上の手続きをオンラインで完結させている。上海市では、行政サービスだけでなく、モバイル決済やネット通販、レストラン予約などの生活サービスも提供する。
日本の行政サービスは、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最もオンライン化率が低い(2019年調査)。日本の行政は対面を重視し、オンライン化に慎重だったからだろう。部門間のデータ連携もできていないため、手続きはどうしても手作業になってしまう。
4つ目はオンライン会議ソフトの開発元だ。中国はテンセントやアリババなどの国産ソフトを導入しているのに対し、日本は「Zoom」など米国製ソフトを利用する企業がほとんど。つまり、日本にはトップシェアを採れるようなソフトウェアを開発する有力なIT企業が育っていないということ。中小・零細企業に無償提供するIT企業も現れない。プラットフォーマー不在は痛い。米国依存を改めるデジタル戦略を練るしかないのだろうか。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。