三菱商事が2016年10月に設立したM-Labは、東京海上火災、旭化成、ENEOS、矢崎総業など異なる業種、異なる専門性を持つ日本企業14社(2023年3月時点)をメンバーに、モビリティーやヘルスケア、環境、資源などの新規事業の創出に向けて、米国・シリコンバレーのスタートアップとの協業や情報共有、共同プログラムなどを推進している。
設立当初の物理的な空間の共有から“バーチャルジョイントベンチャー”へと進化を遂げている。同組織を運営する三菱商事の米国法人、北米三菱商事会社 シリコンバレー支店のM-Lab担当者は「スタートアップとの協業は、“テイク”ではなく“ギブ”にある」とその本質を明かす。M-Labの今後の活動などについて、2月下旬にオンラインで話を聞いた。
三菱商事の各営業グループからのニーズに応えて、イノベーションや技術の探索などをけん引するシリコンバレー支店長の馬場信之氏は、「米国のスタートアップにおける日本企業の認知度は低い。三菱を知らない若者もいる」と、シリコンバレーにおける日本企業の存在感の薄さを指摘する。M-Labの存在価値はそこにある。日本企業がシリコンバレーのスタートアップとの協業を1社で推し進めるのではなく、M-Labというコンソーシアムを形成し、メンバー各社がチームとして一体となって、モビリティーやヘルスケアなどの課題を解決するソリューションを持つスタートアップと協業していくというアプローチを取る。
スタートアップに協業を働きかける上で認知度の向上が欠かせない。例えば、モビリティーなどの注力テーマに関連するスタートアップの選定や交渉がある。シリコンバレー支店コーポレート担当の向井誠一朗氏は「まずは、M-Labがスタートアップと一体になって新しい価値を生み出すことを大事にする組織であると認めてもらうこと」と語り、“ギブ”の重要性を指摘する。
というのも、シリコンバレーにやってくる日本企業は、自社にメリットのある情報の収集(つまり、“テイク)”には熱心な一方で、スタートアップには十分な情報を提供しないと思われているからだ。彼らが日本企業の訪問を断るのも当然だろう。
そこでM-Labは、スタートアップのビジネスにつながりそうな日本市場の情報を提供したり、ユーザーとして実験台になったりする。そこから共創への一歩を踏み出そうというわけだ。モビリティー領域を担当するシリコンバレー支店の窪田真太郎氏は「(シリコンバレーの)スタートアップに対して、日本のモビリティーに関する現状や問題を共有する機会が不足しているのではないか」と課題感を持ち、技術見本市「CES 2023」に合わせて、1月初めにラスベガスのホテルで交流会を開催した。2週間ごとにモビリティーのチームが集まり、解決すべきテーマを議論したり、関係するソリューションを持つスタートアップを発見したり、提案から実証実験、事業創出、資金提供へと発展させたりすることを考えている。成果はこれからになる。
M-Labが“バーチャル”な形態になってきたのは2020年以降になる。メンバー各社にはそれぞれのミッションがあり、スタートアップに求めることも異なる。加えて、各社の陣容拡大などとともに駐在員も交代し、「設立当初の思いが少しずつ異なってきた」(向井氏)という。とはいっても、北米三菱商事が1社でできることには限界がある。そこで、同社も含めオープンで平等な体制として、バーチャルなジョイントベンチャー型を取ることにしたという。それを「M-Lab2.0」と呼ぶ。
具体的には、M-Labメンバーがモビリティーやヘルスケアなど課題ごとに互いの力を結集し、共同で新規事業を開発したり、スタートアップと協業したり、情報発信したりするプロジェクトチームの形にする。メンバー各社が進めている事業開発を組織化することもある。各社の駐在員が交代しても、スタートアップとの協業から得た知見やシリコンバレーの文化などを伝える仕組みを用意する。
迅速な意思決定のために委員会も設置した。メンバー各社当たり1人の委員で構成される委員会が案件を審査し、過半数の承認があれば、事業開発のために各社から拠出した共同資金が使える。各社がそれぞれ本社と相談して了解を得ていたら、シリコンバレーのスピード感や文化についていけないからだ。向井氏は「知見や機能を内製化し、スタートアップから頼ってもらえる存在になりたい」と次なる進化を模索する。