日本マイクロソフトは12月5日、ビジネスリーダーを対象にしたグローバルイベント「Microsoft Envision | The Tour 東京」を都内で開催した。基調講演のあいさつとして登壇した同社代表取締役社長の吉田仁志氏は、「DX(デジタルトランスフォーメーション)は日本でも10年ほど前からバズワード化していたが、弊社にとっては戦略そのもの」と述べ、売り切り型のライセンスビジネスから、SaaSやクラウド利用量に代表されるコンサンプション(消費)型ビジネスに変化していると説明した。
日本マイクロソフト代表取締役社長の吉田仁志氏
基調講演では、米国本社コーポレートバイスプレジデント(CVP)でクラウドビジネス担当の沼本健氏が登壇し、企業がDXを推進する上で欠かせない「ビジョン&戦略」「文化」「ユニークな可能性」「能力」の4要素について説明した。企業が変革を成すための方向性である展望と実現するための戦略を“常に星空で輝く北極星への歩み方”と例えつつ、「ここを明確にせず技術中心に進めようとするお客さまも少なくない」と日本企業のDXが進まない理由の1つに挙げた。展望を不明確にしながらDXに着手すると、「多大な投資が長期的な変革につながらず、既存のビジネスモデルやプロセスを一過性に進歩させるにとどまる」と指摘する。
米Microsoftコーポレートバイスプレジデント(CVP)でクラウドビジネス担当の沼本健氏
「文化」の文脈では、「組織自らが変化を求める社風の醸成が不可欠。ビジネスを本質的に変えることにつながらない」(沼本氏)と自社の事例を披露した。冒頭で吉田氏が語ったように、Microsoftは「Windows」や「Office」スイートのライセンスビジネスから、2017年には「Microsoft Azure」もコンサンプションビジネスに切り替えている。具体的にはそれまで契約額を追いかける営業予測から、Azureのリソース消費量を重視する仕組みに切り替わった。当時の社内では単純な反対勢力ではなく、文化を変革させるためのサポート体制を拡充させるまでの苦労があったという。別のセッションで沼本氏は「DXが終わったとはいえないが、一定の進展はあった」と語っていた。
「ユニークな可能性」は製品や事業レベルの差別化ではなく、市場に対する取り組みを指す。どのように既存のビジネスモデルを破壊するのか「深い示唆が必要」(沼本氏)だ。「能力」はいわずもがな実行能力を指し、変革プロセスを推し進めるだけの体制や経営層の判断、現場の実行能力を含み、「4つがそろって初めて技術がイネーブラーとして役立つ」という。
DXに成功したMicrosoft/日本マイクロソフトだが、別の場面では「リアクティブ(反応的)」から「プロアクティブ(積極的)」への変化を強調した。昨今の両社はあらゆる場面から取得できるデータを有機的に連携させる“データ中心主義”で他部門・他分野の改善につながるのが「デジタルフィードバックループ」である。Microsoftは「レイヤー同士が整合性を持つ。買収された技術の組み合わせではない。(Azureや『Office 365』『Dynamcs 365』などを包括した)Microsoftクラウドが持つ一番の強み」(沼本氏)と断言する。
デジタルフィードバックループのスタック(データ構造)
基調講演では、DXを実践する日本企業として、東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)、トヨタ自動車、ソニーの3社を事例として紹介した。1790万人という顧客数を抱えるJR東日本は、膨大な顧客と輸送インフラ、生活サービス、Suicaに代表される電子マネーなど多角的な事業をアセット(資産)と定義し、各サービスの結合で究極の安全を維持しながら、「全ての人の心豊かな生活を実現する『変革2027』ビジョンを掲げている」(同社取締役副会長の小縣方樹氏)
同社は2019年7月からOffice 365を全社導入し、11月時点で7~10割のレベルで活用していると説明する。具体的には「10月に起きた台風19号の被害情報共有や、来春には埼京線ホームがオープンする渋谷駅の切り替え工事プロセスなどに活用」しているという。車両や線路の保守もTBM(タイムベースドメンテンナス)からCBM(コンディションベースドメンテナンス)に切り替え、「中核となるクラウドはMicrosoft Azureを活用する」(同氏)とプロアクティブな保守に取り組むと語った。
東日本旅客鉄道取締役副会長の小縣方樹氏
トヨタ自動車は以前から、プロセスのムダを徹底的に排除するために確立した生産方式「TPS(トヨタ生産方式)」を実践してきた。その意味では早期からDXを実践する日本企業だが、TPSを実践する方法として強調したのが「アンテナを張ること」(情報システム本部本部長兼TPS本部販売・事技領域領域長の北明健一氏)。IT分野であれば海外大学の研究所やスタートアップ企業に出向いて情報収集しながら、その姿勢の本部のメンバーに見せつけることで重要性の浸透をうながしている。
同社は「Microsoft HoloLens」や「Dynamcs 365 Guides」を用いた車両点検を導入しているが、「新人(のエンジニア)は必ずHoloLensで訓練している。Dynamcs 365 Guidesでアプリを作成し、MR(複合現実)展開は訓練のリードタイム短縮に役立つ」という。MaaS(Mobility as a Service)やライドシェア(自動車の相乗り)など自動車メーカーを取り巻く環境は厳しいながらも、同社は「世の中は変わっていいことと変わってはいけないことがある。前者は本質を見極めて磨き上げる。後者は新技術にアンテナを張って現場に取り入れる試行錯誤を重ねる」と独自の見解を示した。
トヨタ自動車情報システム本部本部長兼TPS本部販売・事技領域領域長の北明健一氏
「Sony's Purpose(ソニーの存在意義)」を掲げるソニーは、「クリエイティビティーとテクノロジーの力で世界を感動で満たす」(執行役員CIO〈最高情報責任者〉兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長の樋田真氏)を掲げながら、樋田氏とDX担当常務とともにオペレーションの自動化やAI(人工知能)を活用した高度化などを実現する既存ビジネスの効率化を目指している。Microsoft本社があるワシントン州レドモンドを訪れ、具現的なDX手法を参照してきたソニーだが、「Microsoftは顧客接点を一元化し、社長から営業本部までデータを閲覧し、経営判断している。われわれはBtoBtoCやBtoCも扱うため、(MicrosoftほどDXを)推進していない。グループ全体として一元化する試みを(樋田氏と担当常務がけん引するDXフォーラムで進めている段階)」だという。
その背景にはグループ企業や各事業部門は独立心が強く、個別かつ積極的に自らの事業へ焦点を当てる現状がある。各事業部の相乗効果を狙うには、横串で横断する組織の支援が欠かせないため、その組織作りに努めていると同社は説明した。なお、ソニーとMicrosoftは新しいクラウドベースのゲーム体験や、AIソリューションの開発に関する戦略的提携に向けた意向確認書を2019年5月に締結しているが、「メディアに公表していないが、AI技術の交流やクラウドストリーミングの検討など順調に推移している」(沼本氏)という。
ソニー執行役員CIO兼ソニーグローバルソリューションズ代表取締役社長の樋田真氏