DX推進リーダーは、デジタル変革(DX)の実践となる施策やプロジェクトを推し進めると同時に、DXの環境を整備するという重要な責務を担っています。DXの推進には、教科書的な方法論は存在せず、道を切り拓きながら前進する開拓者の精神を持つことが求められます。
DX推進リーダーに求められる役割と行動様式
DXを全社的に推進していく上で、経営者の理解と協力は非常に重要であり、必要です。しかし、実際にDXのアイデアを出し、試行錯誤を繰り返しながら推進していくためには、ミドル層や若手を含め、従業員一人ひとりが主体性を持って進めていくことが求められます。DX推進リーダーは、推進チームのメンバーだけでなく、経営者や事業部門のスタッフに至る全社員を突き動かしながら、DXの実践となる施策やプロジェクトを推し進めると同時に、DXの環境を整備するという非常に重要な責務を担わなければなりません。
前回の「DXを促進するための経営者の役割」では、DXに求められる経営者の5つの行動を示しましたが、今回は、DX推進リーダーに求められる5つの心構えについて述べます(図1)。
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ベンチャー企業の経営者のように振る舞う
自ら手を挙げて就任したとしても、あるいは思いがけず任命されたとしても、DX推進リーダーとなったならば、企業の中間管理職としてではなく、ベンチャー企業の社長のように立ち回らなければならない場面に必ず遭遇します。会社から与えられた予算は資本金であり、預かったチームメンバーを含む経営資源を最大限に活用して、プロジェクトを立ち上げ、軌道に乗せ、その成果をステークホルダーに還元していかなければなりません。
責任範囲となる組織や事業については、経理や人事も含めて全てを適切に掌握し、しかもベンチャー企業の経営者のように迅速に意思決定していくことが求められます。不確実性の高い未知の領域にリスクを取って挑戦しなければならないこともあるでしょう。
DX推進リーダーは、統括プロデューサーであり、社内の経営層や事業部門だけでなく、社外の顧客やパートナーと良好な関係を構築、維持し、DXに関わるアイデアの創出から本番化、事業化までの全プロセスを一貫して統括します。従来のプロジェクト管理者(PM)のように、担当するプロジェクトの品質・コスト・納期(QCD)を管理するだけでなく、事業上の成果にも責任を負うこととなります。対象とする事業やサービス全体を俯瞰的に把握し、投資や経営資源の配分などに対して的確な意思決定を下さなければなりません。
また、自社の所属する業界だけでなく、ビジネスを取り巻く社会や経済の環境変化と将来動向を読み解き、内外の人材や組織を巻き込みながら人脈を拡大し、必要となる体制構築や予算確保を主導的に行っていくことが求められます。まさにベンチャー企業の経営者と同じような任務が課されており、非常にタフな仕事と考えるべきです。
創造性をかき立てる環境を整える
DX推進リーダーは、一般的な組織のマネージャーとは大きく異なります。リーダーの仕事は、チームのメンバーを管理することではなく、メンバーが創造的な活動をする場と機会を提供することです。フラットでオープンな組織づくりに注力し、メンバーの内発的動機づけを引き出すように働きかけます。メンバーが外部と接触する機会を作って刺激を与えたり、事業部門のメンバーと意見交換する場を設けたりして、チームを活性化することも有効です。
外部や社内の他部門の人材を巻き込んだワークショップなどのイベントを開催するという方法も考えられます。メンバーがオペレーション業務に忙殺されたり、社内調整や会議に多くの時間を奪われたりすることのないように、チームのミッションを明確にし、それを全社に周知することがポイントとなるでしょう。
また、メンバーの時間的な余裕と働き方の自由度を確保することも重要です。メンバーに対しては、細かい業務指示を一つひとつ与えるのではなく、ある程度まとまった任務を権限とともに割り振り、メンバーを信頼してそれぞれの自己管理に任せることが重要です。
既存制度や他組織からの圧力への防波堤となる
新しいことに取り組む組織は、社内において異質な存在となりがちです。そのため、DX推進チームはしばしば既存制度の壁に行く手を阻まれたり、過去の常識を押し付けられそうになったりします。メンバーの創造的な活動が阻害されないように、リーダーが防波堤の役割を担わなければなりません。
社内規定などの従来の制度やルールに忠実に従っていると、DX推進のスピードが阻害されたり、外部の柔軟な活用が進まなかったりすることがありますが、このような状況に直面した際に、リーダーは、経営者や人事部門などに働きかけて、部分的な緩和を要請するといった行動を起こすことが求められます。
その際、特区戦略を採用するというのも一つの方法です。特区では、予算や各種社内プロセスに関して、例外的な対応や一定の権限が与えられるようにします。既存企業にとって、社内のルールや組織を全社的に変えることは容易ではありません。
従来の組織哲学や成熟している既存事業を破壊するリスクは誰しも負いたくないと考えがちです。新興のベンチャー企業と伝統的な大企業では、企業風土や従業員のメンタリティーが大きく異なることは否定できませんが、社内にベンチャー企業のような特区、いわば「出島」を設置することで、メンバーのモチベーションを高める効果が期待されます。