クラウドコンピューティングにはロックインや、統制の欠如、セキュリティにまつわる少なからぬ懸念があるにもかかわらず、この話題は2009年のIT業界において相変わらず大きな関心を集めている。開発の容易さや、コストの削減、柔軟性に富んだスケーラビリティ、次世代のアーキテクチャといった呼び声に惹かれて、IT業界やWebコミュニティの多くの人々がそのメリットとリスクを真面目に検討しているのである。
一方、オープンソースは、クラウドコンピューティングを実現するうえでの鍵となっている。オープンソースを用いることで、クラウドサービスプロバイダーは豊富な機能を安価に(場合によっては無償で)入手できるようになるのだ。しかし、不吉な前兆も見え始めている。クラウドコンピューティング業界はオープンソースを利用して、プロプライエタリなPaaS(Platform-as-a-Service)という新たな世代を生み出そうとしているのだ。これはコンシューマー市場で開花したWeb 2.0サービスがオープンソースプラットフォームを採用することで顧客を囲い込み、そのデータをロックインしたという状況に酷似している。
Dana Blankenhorn氏が6月11日付けで執筆した「IBM expects Linux to make money」(IBMはLinuxから収益を得ようとしている)という記事には、IBMがオープンソースから収益を得るための取り組みに改めて力を入れるようになることで、大手コンピューティングベンダーもクラウドの持つ経済的な側面を重視するようになると書かれている。
IBMはサーバの販売に加えて、販売も貸し出しも可能であり、自社の収益にも貢献できるクラウドの開発に大きな力を入れている。
(IBMのBob Sutor氏は)クラウドコンピューティングについて、「Linux上で稼働させない理由などあるだろうか?」と問いかけている。Linux上ではさまざまな仮想化ソリューションが利用可能になっており、Windowsデスクトップを使いたいと思っているユーザーでも、実際に自分の使っているデスクトップがWindowsデスクトップそのものではないということを知らないままでいられるのである。
また、IBMはクラウドの採用により、Windowsのような見た目のデスクトップを数多く提供しながら、バックエンドでLinuxを稼働させることで、収益につなげることができるようになるのだ。さらに同社は、同社のクラウドと内部的な互換性を持つサーバの販売を行うこともできるのである。(後略)
またSutor氏とZemlin氏は、エンタープライズシステムが巨大化し、クラウドの構築が経済的に見合うようになる、「企業クラウドの境界」とでも言うべきものについても考察している。Sutor氏は、大規模な仮想化が行われるようになった際にクラウドが経済的に見合うレベルに到達すると述べている。
そしてIBMのケースでは、Linuxによるクラウドベースの製品が顧客に対して従量制(たいていは時間従量制)で提供された場合に利益がもたらされるようになる。オープンソースは、クラウドコンピューティングにおいて脇役となることが多いものの、クラウドコンピューティングを普及させていくための推進剤としての役割を果たすことになるだろう。その一番の理由として、ソフトウェアというものはコンピューティング環境における1つの構成要素に過ぎない(とは言うものの高価である)ものの、経済的な面からクラウドを見た場合、ほとんど常にと言っていいほど、オープンソース製品の導入が望ましい選択肢となるという点を挙げることができる。しかし、オープンソースの採用によって価値がもたらされたのは、IBMのSutor氏も明言しているように、規模の経済に関する部分だけなのである(オープンソースがもたらす価値は、本質的には開発コストにおいてのみなのだ)。