BankSimple、ブランド名から「Bank」を外していよいよ開業

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2011-11-22 14:00

 11月8日、米国の金融ベンチャーである「BankSimple」がいよいよ開業した。しかし、なんとそれに合わせてブランド名から「Bank」を外し、「Simple」にしてしまった。

 CEOは、そのブログの中で「銀行業界のもつ制約から逃れるため」と述べている。さて、金融業界が厳しい環境に晒される中、この新しい金融ベンチャーは生活者の心を掴むことが出来るだろうか?

信用を失う米国の銀行

 確かに今の米国において「銀行」という言葉が持つ響きは極めてネガティブだ。信用創造を付加価値とするはずの銀行が、自らの信用を失っている状態にある。つい先日も、米銀がデビットカードの利用手数料を値上げしようとして、消費者からも猛反発を食らったことは記憶に新しい。そして、ウォール街のデモがターゲットにしているのも金融業界であった。

 それだけに、新しい金融ベンチャーがその船出に当たって「Bank」をそのブランド名から外すのは賢明な選択肢であるかもしれない。その新生「Simple」は、自らは銀行ではないが、銀行と提携することで預金を受け入れることが出来る。つまり、バックエンドを既存の銀行に任せて預金保険も付けた上で、自らはフロントエンドのサービス開発に徹する訳だ。

 本来ならば、その信用を補完するためにも「Bank」という名称を付けたかったのだろうが、その「Bank」自体がむしろ消費者の反発を買う恐れが出てきたのである。しかし、これは金融サービスにイノベーションを起こそうとするSimpleにしてみれば、良いタイミングであったと言える。

Simpleが提供するサービス

 Simpleの提供するサービスは、その名の通りシンプルそのものである。「使う」「貯める」「支払う」の3つだけである。しかし、金融機能という意味では、デビットカードでお金を使い、貯蓄口座にお金を貯め、支払指図が行えるだけで、一般的な銀行とは何ら変わりは無い。

 では、何が違うのか。例えば、口座残高を照会するというのは、顧客が求めるもっとも一般的な機能の一つである。

 しかし、Simpleがそこで見せるのは、口座の残高ではなく、今使っても問題ない金額(Safe-to-spend)である。もちろん口座の残高も表示はしてくれるが、一番大きく表示するのは、口座の残高から、貯蓄に回す金額と今後支払が予定されている金額を差し引いて、今使っても構わない金額なのである。

 また、貯蓄は目的別に設定することが出来て、目標金額と期限を定めると、それに応じて毎月貯蓄に回る仕組みとなっている。毎月いくらが貯蓄に回るかも表示されるので、それを見ながら期限などをスライドバーで簡単に変更することが出来る。

 つまり、Simpleが提供するのは、単なる金融機能の寄せ集めではない。堅実に生活することを目的として、そのために必要とされる金融機能を統合したサービスなのである。

 使うこと、貯めること、支払うこと、この3つを別々の機能として提供するのではなく、一体となったサービスとして提供することで、使いすぎない、しっかり貯める、払い忘れないようにしてくれる。逆に言えば、それだけである。

低成長時代の金融サービス

 ただ、一般的な金融機関との対比において、Simpleから完全に欠落しているのは、資産運用という概念である。高い金利で預金を集めたり、投資商品で手数料を稼いだりという意図も感じられない。ここにあるのは、堅実な支出と貯蓄の管理をやり易くするサービスのみである。

 サブプライム・ローンが、将来の収入増や土地の値上がりを前提として組まれていたために、結局破綻に至ったことはまだ記憶に新しい。そうした将来の成長を必ずしも前提としないサービスが金融ベンチャーから出てきたことは注目に値するだろう。

 つまり、金融ベンチャーが、より生活者に近い視点からサービス開発を行っているとするならば、生活者はもはや経済の成長を前提としない金融サービスを求めている可能性があるからだ。もはやオンライントレーディングなどの資産運用に関わるベンチャーは影を潜め、堅実派を支援するサービスが流行りなのかもしれない。

 銀行が信用を失うなか、その名称から「Bank」を外した「Simple」。そのサービスが生活者の志向を反映しているのかどうか、また、フロントエンドのみを担うサービス開発のモデルが成功するかどうか、Simpleの今後に注目したい。

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飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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