Ray Ozzieが「マイクロソフトのWeb2.0宣言」を書いた理由

中島聡(UIEvolution)

2006-01-04 16:04

 2005年でちょうど設立30年を迎えたMicrosoftであるが、その長い歴史の中で、経営陣が会社全体の方向を大きく変えようというメッセージを込めて全社員に向けたメモを書いたのは2度だけしかない。1995年の12月にBill Gatesが書いた「Internal Tidal Wave」と、ちょうどその10年後の2005年10月にRay Ozzieが書いた「The Internet Services Disruption」である。

 どちらのメモも、「これからはインターネット・サービスの時代であり、マイクロソフトは変わらなければならない」と述べており、本質的には同じ方向性を示している。違うのは、Ozzieのメモには広告ビジネスの重要性など、インターネット業界が過去10年間で学んだことをきちんと反映してある点で、その意味では、このメモは「MicrosoftにとってのWeb2.0宣言」である。

 しかし、Ozzieのメモに書かれているサービス・ビジネスへのシフトの重要性という考えにしても、"discover, learn, try, buy, recommend"(発見して、知って、試して、買って、人に勧める)というサイクルの重要性にしても、決して新しい考え方ではなく、1990年代の後半からMicrosoft内外のさまざまな人たちが指摘し続けて来たことである。

 では、なぜ今の段階になって、それもあえて「外様」であるOzzieをCTOという地位に置いて、このメモを書かせなければならなかったのだろうか?別の言い方をすれば、Microsoftは、なぜ外部から新しい指導者を導きいれなければならないような会社になってしまったのだろうか?どの時点で、Microsoftは道を誤ってしまったのだろうか?

 この点に関して、私も含めたシアトル近郊に住む元Microsofteeの解釈は、おおむね一致している。Gatesが犯した最大の過ちは、Internet Explorer(IE)が大成功を収めた時点で、Brad Silverbergの「(OSビジネスはJim Allchinに任せて)私にMSNとIEを任せて欲しい」というリクエストを拒否し、IEチームをAllchinの配下に置いたことにある。

 IEとWindows95を大成功に導いた一番の立役者であったSilverbergは、「IEで勝ち取った圧倒的なブラウザーのシェアをテコにして、MSNをインターネット・サービスの覇者にしよう」という戦略を提案したのだが、Gatesは「莫大な利益を生み出しているWindowsビジネスを守る防具としてIEを利用したい」というAllchinの願いを聞き入れてしまったのだ。

 そんなGatesに失望したSilverbergは引退を決め、それに続くように、Ben Slivka、John Ludwig、Adam Bosworth、Mike Tougonhiなど、MicrosoftのInternet戦略を担ってきた「インターネット急進派」のリーダー達がそろってMicrosoftを去ることになってしまったのだ。当然の結果として、MicrosoftはAllchinを筆頭とした「Windowsビジネス擁護派」が主要なポジションを占めるような保守的な会社になってしまったのだ。

 1995年という比較的早い時点で、「インターネットには、OSをコモディティ化するプラットフォームとなる可能性がある」ことを感知し、IE 3.0および4.0のワンツーパンチでNetscapeからブラウザーのマーケットシェアを奪っておきながら、それを全く有効に利用できずに、一番おいしいところをGoogleに持っていかれてしまった一番の原因はこの人事の失敗にある。

 この危機的な状態を脱するには、中途半端な人事異動や組織替えでは不十分であることをやっと認識したGatesが、機能不全に陥ったMicrosoftにカンフル剤として持ち込んだ薬が、Grooveの買収であり、OzzieのCTOへの抜擢、そして今回の「(Gatesでなく)Ozzieによって書かれたメモ」なのである。

 こういったバックグラウンドを理解した上でOzzieのメモを読めば、Microsoftがいかに追い詰められているのか、毎年何千億円という利益を生み出すWindowsとOffice という2つのビジネスを擁護しつつ、同時にそれをコモディティ化する力を持つインターネット・サービスで成功を収めようということがどのくらい困難なことか、が見えてくると思う。まさに、イノベーションのジレンマ である。

■著者紹介■
中島聡
UIEvolution最高経営責任者。
高校生の頃からアスキーの記事の外部執筆者として活躍。Game80コンパイラのほか、パソコン用CADプログラムの元祖と言われる「CANDY」などを開発。 1986年にマイクロソフトの日本法人に入社、1989年からは米MicrosoftでWindows95の開発に携わる。その後、Internet Explorerのバージョン3.0、4.0、Windows 98で主任設計者を務める。2000年に独立しソフトウェア開発会社のUIEvolutionを設立(同社は2004年にスクエア・エニックスに買収され、現在はその子会社として活動している)

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