Salesforce.comのCEOであるMarc Benioff氏が痛烈にSAPを批判する記事がInformationWeek誌に掲載されていた。読まなくても想像が付くと思うが、その内容はクラウド陣営からソフトウェア陣営への罵倒といったものである。こういう議論も繰り返し聞いているうちに、その批判が痛烈であればあるほど、実は相手側の粘り強さを証明しているように聞こえてくる。
ベニオフの罵倒
記事中、Benioff氏がこんなエピソードを披瀝している。英国でSAP出身者を採用した際に、その転職者から聞いた話として、「SAPの一番すごいところは、1999年にSAPを辞めて2009年に戻ったとしても、新しく学ぶことは何もないことだ」と引用している。つまり、SAPは全くイノベーションにコミットしておらず、顧客に価値をもたらしていないと。
Benioff氏は、SAPのライセンス料の22%がメンテナンスフィーであり、それがソフトウェアの修正のみに使われ、イノベーション(要はクラウド)へ全く使われないことを糾弾する。それとは逆のサービスモデルを取るSalesforce.comはイノベーションの最先端であることを言わんとしているのであるが、一方でSAPの顧客が容易にSAPから離れないことへの苛立ちとも取れる。
動かない顧客
SAPのソフトウェア関連の売り上げは、2004年の5184Mユーロから2008年の8466Mユーロへと一貫して増え続け、2009年はライセンス収入こそ大幅減であるものの、サポートフィーは、9月末時点では前年度の3324Mユーロから3922Mユーロへと18%も増加させているのである。まさにBenioff氏の批判の矛先である。
しかし、SAPが担う企業の基幹システムの領域は、そもそも顧客がシステムやオペレーションの変化を望まない領域である。SAPを導入することで、システムにあわせて事務プロセスの大幅な変更を実施したにも関わらず、それがまた変わってしまったり、あるいは頻繁に変更が加えられては困るのである。
これはまさにClayton Christensenの『イノベーションのジレンマ』であるが、SAPの顧客がSAPに対して最先端のテクノロジーを求めたり、現在使っているシステムをクラウドへ移行してくれと積極的に依頼することは少ないだろう。それゆえに、サポートフィーからの収入の多くが、既存システムのメンテナンスに使われたとしても不思議ではない。
ソフトウェア派の強み
ソフトウェア派の企業の強みとは、容易に変えられないが故に、容易には変わらないという事実そのものである。顧客が個別に導入しているが故に、その配布には大きなコストと時間が掛かり、顧客も事務のプロセスを頻繁に変更することは望んでいない。
SAP以上にその道をつい進んでいるのがOracleだろう。ビジネスアプリケーションからハードウェアまでを一貫して提供することで、変化がゆったりとしたものであることを保障するのである。
しかし、このソフトウェアの領域の成長余力は少なく、むしろそれがサービス領域へ移っていることは間違いない。それゆえに、従来型のソフトウェア企業の間ではM&Aが頻繁に発生し、企業の数は減少している。いずれ、より多くのアプリケーションがオンプレミスからサービスへと移行すると考えられるが、Benioff氏の批判の痛烈さは、その移行が彼の予想よりはゆったりとしたものなのだろう。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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