老舗といってもたかだか5年に過ぎないが、ソーシャル家計簿としては黎明期に立ち上がった「Wasabe(ワサベ)」が資金不足により7月31日でシャットダウンされることとなった。後発であった「mint」がIntuitに1億7000万ドルで売却されたことを考えると、大きな違いである。
しかしながら、ソーシャル家計簿黎明期を支えたWasabeの貢献は非常に大きい。Wesabeは、「金融機関に資金管理を依存するべきではない、お金の管理を自分の手に取り戻せ」という掛け声のもと“アンチ銀行”を掲げてスタートした。そして、従来は家計簿ソフトといえばインストール型という概念を覆し、Web 2.0型のソーシャルサイトとして家計簿サービスを立ち上げたのである。
Wesabeは、銀行のサイトからダウンロードしたステートメント情報をサイトにアップロードしてオンラインで家計簿管理を可能とするものだ。家計簿の情報を他のユーザーと共有することで、統計値を参照し、ほかの人たちとお金の悩みを共有し、そして金融機関のサービスと手数料を比較することで、金融機関に頼らずにお金の管理をしていくことを目指す。
Wesabeは人気を博して、mintをはじめとしてさまざまなソーシャル家計簿サイトが立ち上がることとなる。その結果、家計簿といえばオンラインがデファクトとなり、Microsoftは家計簿ソフト「Money」から撤退、先に述べたようにIntuitはオンライン家計簿のmintを買収することとなる。また、金融機関も自らのインターネットバンキングのサイトに家計簿機能を付け加え始めた。つまり、Wesabeの登場を契機として、家計簿ソフトの世界はがらりとその様相を変えてしまった。
しかし、Wesabeがアンチ金融機関の姿勢を持っていたのに対し、mintは利用者に金融サービスを紹介することで金融機関から手数料を受け取るモデルを開発するなど、ビジネスモデルは各サービスによってさまざまであった。最近ではWesabeもそのサービスを銀行に売り込んだりしていたようだが、収益モデルが確立しないまま頓挫することとなる。
こうしてみると、金融サービスベンチャーへの投資は、mintのように成功に至るものもあれば、Wesabeのように失敗に終るものもある。しかし、両サービスが立ち上がった米国社会全体で見れば、新しいソーシャル家計簿というサービスが立ち上がり、これが銀行を刺激して一般化することで、より多くの消費者がサービスレベルの向上を享受することとなる。こうした点において、Wesabeはシャットダウンという結末ではあったものの、その役割は大いに果たしたと言えるのではないだろうか。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。