エンタープライズソフトウェア業界では、塀に守られた閉鎖的なコミュニティのような状況が長く続いていたが、現在その門戸が早急に開かれつつある。
消費者向け技術の世界で生まれた新しいアイデアが、企業を対象にしたソフトウェアの領域へ急速に浸透しつつあり、製品の設計やマーケティングに影響を及ぼし始めている。たとえば、ブログやAJAXのようないわゆる「Web 2.0」と呼ばれる技術が、企業のファイヤウォールの内側でその潜在力を発揮し始めていると、アナリストらは述べている。
たとえば、IBMは主に企業を相手にビジネスをしているお堅い会社だが、そんな同社が先ごろ「QEDwiki」の詳細を明らかにした。このプロジェクトの狙いは、ユーザーがwikiやRSS、簡単なスクリプト言語を使いながら、ウェブアプリケーションを組み立てられるようにするというものだ。
同様に、消費者分野で利用されている草の根的なダイレクトマーケティングのテクニックも、エンタープライズソフトウェアを売り込むことに利用され始めていると、アナリストらは指摘している。
かつては革新的な技術を次々と生み出していたエンタープライズソフトウェア市場だが、現在では消費者向けのウェブの流れに追いつこうとしている。そこでは、デスクトップのデータとネット上のサービスを融合させるといったことが日常的に行われている。そして、こうした変化が従来のエンタープライズソフトウェアのモデルを揺さぶる可能性があると、専門家は予想している。
「ブログやwikiが、コラボレーション実現のためのよりシンプルで軽量な手段として、企業の間に浸透し始めている」と、Burton Groupのアナリスト、Anne Thomas Manes氏はいう。
「消費者市場で新たな興味深いアプリケーションがたくさん登場していることから、だれかがこれらのコンセプトをエンタープライズ分野に持ち込んで利用する方法を見つけ出すのは間違いなと思う」とManes氏は付け加えた。
企業顧客は一般消費者とは明確に異なるニーズを持っているが、しかしソフトウェア会社--特に規模の小さい、挑戦者の立場にあるベンダーは、規模で勝るライバル各社を攻撃するために、消費者市場で使われている戦術を利用できる。
ソフトウェアの販売手法も変化してきている。従来はコストのかかる営業部隊を使って購買担当部門に直接売り込みをかけていたが、いまではツールを実際に使う人間に製品を売り込むケースが増えている。
たとえば、ソーシャルネットワーキング用のソフトウェアを開発するVisible Pathという新興企業では、エントリーバージョンをビジネスマンに無償で提供している。この無償バージョンを利用する社員の数がある程度まで増えれば、Visible Pathはその企業に対して、高度なセキュリティ機能やレポート機能を持つハイエンド版をはるかに容易に売り込めるようになると、同社最高経営責任者(CEO)のAntony Brydon氏は述べている。
「1年前は、ある会社に足を運んで『ソーシャルネットワークはご存じないですか。その価値を実感されていないのかもしれませんが、ご説明すればご購入いただけると思います』と話を切り出さなければならなかった。ところが、いまでは『御社の営業担当の皆さんには、すでにこの製品をご利用いただいています。では、次にどうしたらよいかご説明しましょう』と続ければよい」(Brydon氏)
Brydon氏は、このアプローチのほうが優れていると主張する。ユーザーがすでに賛同の意思表示を行っているからだ。対照的に、CIO(情報統括責任者)や一部の幹部が主導するトップダウン式の購入プロセスでは、いわゆる「シェルフウェア」になってしまうことも多い。シェルフウェアとは、実際の利用者となるはずの人々が使うことを嫌がり、一度も使われないままに終わるようなソフトウェアを指す。
また、オンラインで提供されるビジネスアプリケーションは、特に中小企業向けの「購入前に試してみる」というアプローチにつながるものとなっている。
Salesforce.comなどが提供するオンラインのアプリケーションサービスなら、簡単に契約でき、しかも月々の利用料を支払うだけで済むため、事前に10万ドルも支払ってソフトウェアを導入する必要がない。
初期投資を行う必要がないことから、企業はエンタープライズソフトウェアの導入に付き物の何カ月もかかる準備期間を省くことができる。
「ありふれた問題を解決するために高価なITシステムをそろえる必要はない。セルフサービスITでいい」というのは、Sphere of Influenceというコンサルティング会社でCTO(最高技術責任者)を務めるDion Hinchcliffe氏だ。同氏はEnterprise Web 2.0ブログの執筆者でもある。「実際にソフトウェアを組み立てるベンダー各社のほうが、市場への参入障壁も低い」(Hinchcliffe氏)
また、こうした販売方法なら購入者がユーザーの口コミを当てにすることもできる。ユーザーはあるプログラムを入手して、その有効性を実証し、それを上司に推奨するが、この「ボトムアップ」プロセスは、需要拡大のために無償製品に依存するオープンソースの世界でも代表的なものだ。