企業向けクラウド型健康管理システム「Carely」を開発、提供するiCAREが次々に新しいサービスを立ち上げる。従業員の健康を経営課題として捉える健康経営を実践する企業に、健康診断などのデータを管理、活用するサービスを拡充するためで、2020年9月に入ってからも健康経営プラットフォーム「Carely Place」や睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者の受診率向上サービス、CarelyのAPI公開を投入した。
現役の産業医でもあるiCARE 代表取締役CEO(最高経営責任者)の山田洋太氏は医学部を卒業後、内科医として勤務し、うつ病や不眠症などの働く人を数多く診てきた。そんな中で、働く人の健康問題の解決に強く関わる産業医の存在を知り、その重要性も理解する。
山田氏は軍医を例に産業医の役割を説明する。兵隊が感染症などの病にかかり、前線から後方の病院に移れば、前線の軍力が低下する。そのため、感染症の予防などの対策を講じたりする。企業に当てはめれば、製造業の工場内に感染症などがまん延し、生産ラインが止まってしまう。うつ病やストレスによる心身の問題が事務作業の進行に影響を及ぼす。そんなことが想定される。
そこに産業医の存在理由がある。企業に健康で快適な職場環境にするよう指導、助言したり、従業員に健康診断やストレスチェックなどの結果から、医療機関への受診を促したり、健康相談に乗ったりする。そんな産業医の資格を有する医師は10万人弱いるが、実際に活動している産業医は数千人程度と言われている。300万社以上の企業数に対する産業医の数は、誰の目にも多いようには見えないだろう。
しかも、産業医だけで、企業の健康問題を解決できるわけではない。1つの策は、従業員一人ひとりの健康データを生かすこと。これまで見えなかった健康に関する課題を顕在化し、働く人や職場環境を適切に改善するためだ。「そこにテクノロジーを使う価値と意義がある」と思った山田氏は2011年6月にiCAREを立ち上げて、健康情報を一元管理するCarelyの開発に取り組み始めた。
実は、多くの企業が毎年、健康診断やストレスチェックなどを実施したり、産業医による面談などを行ったりしている。ところが、こうした情報はアナログの紙ベースでバラバラに保管されている。その存在を知らない経営層もいるという。それを一元管理し、データ分析から従業員一人ひとりの健康や組織の課題を可視化するのがCarelyになる。メンタル不調の抑止などのために、チャットによるオンライン相談室を設けて、臨床心理士や看護師、保健師らが相談に乗ったり、解決策を提案したりもする。結果、健康管理を担当する人事労務部の作業負担が大幅に軽減する。同社の調査によると、従業員100人規模の人事労務担当の健康管理業務は工数で75%、同コストで86%をそれぞれ削減できるという。


山田氏は「2024年にCarelyの売り上げを約50億円、ユーザーを約5000社にする」と計画を明かす。現在のユーザー数は約300社(11万アカウント)なので、目標達成には倍々の成長が必要になる。その施策は幾つかある。1つは、毎月約80に上るCarelyの機能拡充を図るなど、ユーザーの要望を機能に取り込んでいくこと。2020年9月にCarelyのAPIを公開したのはその1つになる。
2021年3月には健康クリニックとシステム連携し、従業員がスマートフォンからワンクリックで健康診断を予約し、検診結果を受け取るサービスを提供する。健康に関する課題を解決するソリューションの提案から効果検証までを請け負うサービスに、フィリップス・ジャパンの無呼吸症候群向けソリューション、トゥエンティー フォーセブンのテレワーク特化型オンラインストレッチ研修など7社の運動と睡眠、メンタルヘルスのソリューションを加えた。大企業向け機能も拡充する。
もう1つの施策は、人事労務向けのウェブ広告やセミナー開催、展示会出展、コミュニティー戦略を強化すること。Carelyの良さを浸透させるコミュニティー戦略は、人事労務担当者向けに加えて、産業医向けや看護師・保健師向けのユーザー会を立ち上げる。山田氏は「デジタル化を通じて課題を解決するサービスを提供する」とし、健康情報のDX(デジタル変革)を支援する健康管理システムの重要性を説く。

- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。