決別の2005年、共創の2006年

飯田哲夫(電通国際情報サービス)

2005-12-30 08:00

 釣りを趣味とする私にとって、2005年は決別したい記憶が積み上がってゆく1年であった。一方、2005年のIT業界を振り返ると、多くの決別がビジネスの動向を象徴した1年であった。しかし、その決別の意味を捉えなおしてみると、2006年につながる新たな胎動が見えてくる。

決別の2005年

 2005年、まず先陣を切ったのはOracleによるデータベースビジネスとの決別である。1月7日にPeopleSoftの買収を完了し、その後もRetek、i-flex、Siebelと業務アプリケーションベンダーへの出資や買収を1年を通して繰り返した。アプリケーションビジネスへの進出は、Oracleという特定のデータベースへの依存との決別にほかならない。

 続くのは、Sunである。Solarisのオープンソース化を1月下旬からスタートし、2005年を通じてソフトウェア資産のオープン化を積極的に推進してきた。Sunはプロプリエタリーなソフトウェアと決別し、オープン化後に構築される新しいビジネスモデルを模索しつつある。

 一方、IBMはLenovoへのPC事業売却を5月に完了し、IBMブランドのPC向けOSであるOS/2からも撤退した。IBMは、コモディティビジネスと決別する一方で、オンデマンドを推進することでサービスビジネスの拡大に照準を合わせている。

 プロプリエタリーなプロセッサ開発と決別したのはAppleだ。AppleはIBMとのMac用プロセッサの開発に見切りをつけ、Intel製チップの採用を決めた。独自性による差別化が困難な領域とは決別し、差別化が可能な領域へ資源の集中を行った結果と言える。

決別の理由

 どの決断も決して容易にできるものではない。それはビジネスドメインの再定義であったり、主要資産の無償化であったり、中核技術の放棄であったりするのだ。なぜ、これほど大きな決別が実行に移される必要があったのであろうか。

 サーバ領域において、UNIX市場はPCサーバに侵食される一方、PC市場では競争の激しさからデルですら収益を上げるのが困難になりつつある。コモディティ化の進展する分野においては、その構成要素において核となる技術を保有するか、その構成要素を効率的に組み立てる能力を保有しなければ、高収益を上げることが難しい。IBMやAppleの判断の背景にはこうした事情があったと考えられる。

 一方、ソフトウェア領域において大きな流れを形成したのは、サブスクリプションモデルとオープンソースである。リアルな実体を持たないソフトウェアは、ユーザーへの物理的なデリバリーが不要であり、その複製コストは限りなくゼロに近い。そんなソフトウェアがコモディティ化すれば、ハードウェアを遥かに超越してその究極形態へと近づくことになる。

 こうした動きの象徴するのが、CRMソフトウェアの分野だ。サブスクリプションモデルの代表であるSalesforce.comが、ライセンスモデルの雄であるSiebelを追い込み、ついにはOracleによるSiebel買収へと至る。一方、Salesforce.comの背後には、オープンソースアプリケーションの筆頭であるSugarCRMが迫りつつある。ライセンスモデル、サブスクリプションモデル、オープンソースモデルの3段階で市場が構成される訳だ。

 こうした中、Oracleのように、バリューチェーンを上り詰めて行くケースもあれば、Sunのように、留まりながらも新しいビジネスモデルを追及するケースもある。正解がどこにあるとは言えないが、同じ事を続けるというオプションが無いことは間違いない。2005年にサブスクリプションモデルがライセンスモデルを凌駕する事態を目の当たりにし、数々のベンチャー資金がオープンソースのビジネスモデルへ向かっているのが現実なのだ。

問われる企業の存在意義

 一方、そこで働く我々の多くが、今年は不思議な感覚を体験した。企業という枠組みの中で働く自分以外に、それと重なりながらも別の広がりを見せる多様なコミュニティに属する自分を発見した人も多いのではないか。

 2005年は、ブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)といったオンライン上でのコミュニケーションやコミュニティ形成が急拡大した年であるが、その中で我々は企業の枠組みを超越して議論を展開し、新たなコミュニケーションパスを開拓してきた。また、ネットワーク上での協働開発の成果であるオープンソースはソフトウェア市場における存在感を増し続けている。

 そして、ブログがメディア形成において無視できない存在として台頭し、オープンソースが商用ソフトウェアを凌駕するとき、新しい価値を生むという行為における企業の役割が改めて問われることとなる。企業は、ある1点に力を集約して付加価値を生み出すが、オープンなネットワークは、分散された力を連携させて付加価値を生み出す。

 今、オープンソースと企業の関係が注目を集めている。この問題の核心は、企業がオープンソースを活用したり、開発したソフトウェアをオープンソース化したり、といった表層にはない。企業の枠組みを超えたコミュニティが生み出す付加価値が、企業のそれを凌駕する中で、企業の存在価値をどこに見出すかという点が重要なのである。

共創の2006年

 Bill Gatesが、社員に宛てたメモの中で、サービスビジネスへの転換を叫ぶとき、それはマイクロソフトにとっての新しいビジネスモデル実現への意思表明を意味している。しかし、それはあくまでマイクロソフトという企業を中心に据えたビジネスモデルの構築である。

 人々が企業の枠組みを超えたネットワークを張り巡らし、オンライン上での協働作業が可能となる中、我々は我々の持つナレッジを極大化するために、どのような活動形態が最も適しているかを考えていく必要がある。そして、その答えは必ずしも企業の枠組みに囚われるものではない。

 2005年、我々は大いなる決別をいくつも目撃した。そして、来るべき新しいビジネスモデルは、企業の枠を超えて張り巡らされる共創のネットワークにおいて解釈されなくてはならない。2006年、企業と企業、あるいは企業とオープンソースといった、単純な図式でITビジネスを捉えるとは出来なくなるだろう。企業もオープンソースも、大きな知的創造活動の一部分に組み込まれていくものとして見るべきである。

 企業にとっても、オンラインコミュニティにとっても、そうした中で付加価値を生み出し続けることが、存続の意義となる。つまり、いかにネットワーク上で展開する共創のプロセスに参加するかが重要なのだ。

 2006年も刺激的な年になるだろう。願わくば、釣りの方も……。

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