ソーシャルマーケティングとソーシャル・オブジェクト・セオリー

飯田哲夫(電通国際情報サービス)

2009-05-18 12:01

 『グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略』というソーシャルテクノロジーの企業戦略への適用を論じた本がある。ここで言うソーシャルテクノロジーとは、SNSやYouTubeなどのオンライン技術をベースとしたソーシャルメディアを指し、「グランズウェル(groundswell)」とは、「波のうねり」や「世論の高まり」などを意味し、ここではソーシャルテクノロジーがもたらす大きな社会的変化とでも捉えれば良いだろう。

 『グランズウェル』の筆者(Forrester Researchのアナリスト)は、「グランズウェルでは関係がすべてだ。人と人がつながり、コミュニティーを作る。その形がバランスを変えていく」と述べている。つまり、重要なのはテクノロジーではなく人であるということだ。至極最もだと思うし、ソーシャルテクノロジーの主役はプラットフォームとしてのテクノロジーではなく、そこでリレーションを構築する人である。

 一方、米国のインタラクティブエージェンシーであるRazorfish(レイザーフィッシュ)が今年3月に発行した『digital outlook report』において、ソーシャルテクノロジーの主役は、テクノロジーでもなく人でもなく、「ソーシャルオブジェクト」であるという「ソーシャル・オブジェクト・セオリー」なるものを紹介していた。このセオリーのもともとの提唱者は、Jyri EngeströmというGoogleのプロダクトマネージャーである。

 ここで言う「ソーシャルオブジェクト」とは、Flickrにおける「写真」であったり、YouTubeにおける「ビデオ」であったり、FacebookにおけるFacebookアプリであったり、オンライン上で共有したり議論したりできる対象となるものを指す。Jyriは、活性化するソーシャルネットワークと活性化しないソーシャルネットワークの違いを考えるとき、ソーシャルメディアを人と人の関係性としてのみ捉えるのではなく、ソーシャルオブジェクトを中心とした関係性で捉える(“object centered sociality”)ことが重要である主張する。Jyriがブログの中でこう述べている

The fallacy is to think that social networks are just made up of people. They're not; social networks consist of people who are connected by a shared object.

 つまり、ソーシャルネットワークとは単なる人の集まりではなく、何らかのソーシャルオブジェクトでつながった人々の集まりであるということがポイントなのである。SNS上でつながっていく人が増えていくのは面白いが、そのネットワークに良く知らない人まで加わりはじめたとき、ふと、一体このネットワークは何だったんだろうと気持ち悪くなる瞬間がある。その時、我々はそこにソーシャルオブジェクトが存在していないことに気付き、そのネットワークへの関心を失ってしまうのである。

 ソーシャルメディアの運営者にとって、また、ソーシャルメディアを活用したマーケティングを仕掛けるマーケターにとって、ソーシャルオブジェクトとは何か、その特性は何か、またどうやれば新しいソーシャルオブジェクトを作り出せるか、というのはとても大切なテーマとなるだろう。

 今年の1月にバーガーキングが展開した「Whopper Sacrifice」キャンペーンは、二重の意味で面白い。この大成功だったキャンペーンは、Facebook上の友達を10人削除することで、Whopperを1つ無料でもらえるというもの。それ専用のFacebookアプリをダウンロードしてキャンペーンに参加する。これが何故二重の意味で面白いかというと、1つはキャンペーンそのものが「ソーシャルオブジェクト」として見事に機能したこと。もう1つは、ソーシャルネットワークの負の側面とも言える、「ソーシャルオブジェクト」のない人と人のつながりに我々を気付かせたことである。


筆者紹介

飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。92年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
※この連載に関するご意見、ご感想はzblog_iida@japan.cnet.com までお寄せ下さい。

ZDNET Japan 記事を毎朝メールでまとめ読み(登録無料)

ホワイトペーパー

新着

ランキング

  1. セキュリティ

    「デジタル・フォレンジック」から始まるセキュリティ災禍論--活用したいIT業界の防災マニュアル

  2. 運用管理

    「無線LANがつながらない」という問い合わせにAIで対応、トラブル解決の切り札とは

  3. 運用管理

    Oracle DatabaseのAzure移行時におけるポイント、移行前に確認しておきたい障害対策

  4. 運用管理

    Google Chrome ブラウザ がセキュリティを強化、ゼロトラスト移行で高まるブラウザの重要性

  5. ビジネスアプリケーション

    技術進化でさらに発展するデータサイエンス/アナリティクス、最新の6大トレンドを解説

ZDNET Japan クイックポール

自社にとって最大のセキュリティ脅威は何ですか

NEWSLETTERS

エンタープライズ・コンピューティングの最前線を配信

ZDNET Japanは、CIOとITマネージャーを対象に、ビジネス課題の解決とITを活用した新たな価値創造を支援します。
ITビジネス全般については、CNET Japanをご覧ください。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]