2010年:対抗軸としてのクラウドの“深度”

飯田哲夫(電通国際情報サービス)

2010-01-05 15:00

 前回(「新しい“世界観”を提示するGoogle OS」)、Googleがクラウドを前提としたOSを提供することにより、ローカルアプリケーションという概念を消し去ろうとする意志について述べた。一方、1月4日付けの日本経済新聞(9面)では、Apple上席副社長Phil Schiller氏が「米グーグルが開発している閲覧ソフト(ブラウザ)中心のパソコン基本ソフト(OS)は主流にはならない」との見方を示した。つまり、Googleの提示する世界観には“No”との回答である。

 2009年に大いに盛り上がったクラウドについて、その流れを否定する人はいないだろう。しかし、2010年、その深度、つまりどこまでをクラウドとするのかというビジョンについては、さまざまな議論が起きてくるだろう。総論賛成、各論反対の状況だ。

コンシューマー領域での対抗軸

 新しい世界を構築しようとするGoogleは、その究極の世界であるクラウドOSを提示し、すべてのアプリケーションがクラウド化していく世界を目指す。一方で、ローカルOSの覇者であるMicrosoftは、Googleの後を追いながらも、既得権益は守れるだけ守ろうとするだろう。

 微妙なのはむしろAppleだ。パソコンOSの領域に限って見た場合、Microsoftの対抗軸としてのAppleはニッチプレーヤーに過ぎない。もし、Googleの世界観がリアルなものとなったとき、先の上席副社長の言を信じるならば、Appleは、またしてもニッチプレーヤーとなる。つまり、クラウドでは処理できない高度なアプリケーションを使いたいユーザーのみを満足させるOSとなる。

 ただ、先を読むことが難しいのは、上記の3社はそれぞれに市場に対して大きな影響力を保持しているからだ。つまり、単にビジョンを提示するだけでなく、そのビジョンを現実のものとしていく強い推進力を持つということである。

 Microsoftは、ローカルOSの覇者としてクラウド化を後押しすることもできれば、遅くすることもできるだろう。Googleは、クラウドアプリケーションのみならず、OSも含めたインフラを提供することによって、クラウドの世界そのものを構築する。Appleは、スマートフォンを中心とするコンシューマーへの影響力により、その提示する仕組みによってクラウドとローカルの関係に強い影響を与えることができる。大手3社が何を目指し、どのような手を打ってくるかでクラウドの深度は決まって行くだろう。

エンタープライズ領域での対抗軸

 コンシューマー領域の行方がまだ混沌としている中、エンタープライズ領域の見通しはさらに予測が難しい。Salesforce.comの勢いに見られる通り、クラウドを中心としたエコシステムが構築されつつあるのは事実である。

 一方、オンプレミスの覇者とも言えるOracleの勢いも衰えない。Oracleは昨年Sun Microsystemsの買収を決めたが、これはクラウドというよりはむしろ、オンプレミスのOSやハードを強化したととらえることができる。

 エンタープライズ領域は、コンシューマー領域よりもはるかにスイッチングコストが高いだけに、新しい領域は別としても、既存領域におけるクラウド化のスピードは遅い。コンシューマー領域でもローカルとクラウドのせめぎあいが続く中、エンタープライズ領域で先行して勝負がつくことは考えにくい。

 それだけに、ローカルとクラウドを連携させるインテグレーション企業の役割も重要となるだろう。今後は買収によって規模と影響力を大きくするソフトウェア企業とクラウドを主戦場とする新興のソフトウェア企業、そしてそれらをつなぐクラウドインテグレーション技術の進展により、最適解が見出されていく展開となるだろう。

ロックインとしてのクラウド

 コンシューマー領域にせよ、エンタープライズ領域にせよ、もし仮にクラウドが標準となった場合、それは採用するクラウドプラットフォームへの完全なるロックインを意味する。クラウドプラットフォームはスケールプレーヤーのみによるビジネスであるため、無数のプラットフォームが乱立することは考えにくく、電気やガス、水道のようにユーティリティ化することとなる。かつて、ユーティリティコンピューティングと呼んでいたものが現実のものとなる。

 このとき、電気やガス、水道と同じようにすでに重要な社会インフラであるコンピューティングリソースをどのように調達するかは、国策として見ていくべきレベルとなる。特定のOSからのロックインを回避することを目指したクラウドは、最終的にはクラウドのプラットフォーム提供者へのロックインで終わるという現実がここにある。2010年、クラウドの深度がどこまで行くかは、ビジネスレベルでも重要な課題であると同時に、社会インフラとして国策レベルでも重要なテーマとなるだろう。

筆者紹介

飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
※この連載に関するご意見、ご感想は zblog_iida@japan.cnet.com までお寄せ下さい。

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