「TOEIC 800点くらいは取れよ」
都内の大学を卒業し、某商社系のSI企業C社で社会人生活のスタートを切った私。業績好調の余波で過去最大の約300人の採用を決めてしまったC社では、私が入社した頃には業績と株価に急速な陰りが見えている状況でした。
それでも入社前には日経産業新聞の3カ月無料購読や、必須の英語通信教育受講など、研修には力を入れているようでした。入社後も、マナー研修から社内システム講座、ITの基礎知識に至るまで、約1カ月が研修に費やされました。
営業職での配属が決まっていた私は、5月の連休明けに仮配属された事業部にて1週間のOJTを受けることになりました。右も左もわからないままの1日が過ぎた後、歓迎会という名目で近くの居酒屋に連行されました。
和やかに会が進む中、ニコリともしない人が1人。それがC社でも鬼上司として有名なK部長でした。ものすごい勢いで酒を飲んでいるにもかかわらず、表情ひとつ変えず、あまりしゃべろうともしません。残りのメンバーはそれを気にすることもなく、普通に盛り上がっています。「これが会社というものなのか……」--若干あっけに取られつつも様子を伺いながら杯を重ねていた私に、K部長から突然質問が飛んできました。
「キミさ、なんでうちの部署に選ばれたか知ってる?」ぼう然としていると、K部長はニヒルな笑いを浮かべながら一言。「うちの事業部に来る営業5人のうち、キミがいちばんTOEICの点数、低かったからだよ」
この時の私のTOEICのスコアは675点。決して低い点数ではないと自負していたものの、確かに残りの4人は帰国子女であるか留学経験があり、軒並みTOEIC 800点以上だという話を聞いたことがありました。このK部長の発言は笑えない冗談として私の心に突きささり、歓迎会は居酒屋の閉店とともにお開きになったのです。
そして翌朝。部長席に歩み寄り、「おはようございます。昨日はごちそうさまでした」と、昨日のお礼を述べて席に戻ろうとすると、部長から「あ、ちょっと」と呼び止められました。「人事からメールが来たんだが、キミが新人向けの海外研修の候補生に入っているらしいんだ。行く気ある?」
新入社員約300人の中から15人のみが選ばれるというこの海外研修のうわさは、研修中にも耳にしていました。その候補に選ばれているというだけで、私は興奮しました。「行かせていただけるなら、是非!」と答えると、K部長は「わかった」答えてくれたのです。
「ありがとうございます!」そこで一礼し、自席へと踵を返した私に課せられたのがこのハードルでした。「あ、行くならTOEIC 800点くらいは取れよ。取れなかったら研修費用、全部払ってもらうからな」