ある会社の事業計画書に「新事業への着手により3年後の収益は5%増加の見込み」とあったとする。それだけを見て「あぁ、この会社は成長するのだな」と信じる人はいないはずだ。計画は計画。実際には「他の事業業績も順調に推移した場合」とか、「新事業のサービス開始時期に競合他社の参入がない場合」といった、多くの「隠された条件」がある上での「収益5%増」という場合がほとんどだ。
ビジネスを取り巻くあらゆる条件が目まぐるしく、かつドラスチックに変化する現在、不確実な「未来」を示す数字の信頼性は、どうやって高めればいいのだろう?
以前、連載「BIによるデータ活用ことはじめ」のある回(作戦成功の裏には「インテリジェンス」あり--その大切さを国家レベルで考えてみる)において、こうした不確実性を克服することは難しいと書いた。以下に、その部分を改めて引用してみよう。
例えば、米国はイランの軍事的な活動について、偵察衛星が映し出す画像によって、ほぼリアルタイムにインフォメーションを収集することが可能だろう。ただし、リアルタイム(理想的な状態)の「カレントインフォメーション」を獲得できるからといって、相手の意図、さらには相手がどのような行動に出るかについては、実際にことが起こってみるまで誰にも分からない。どのようなテクノロジを駆使したとしても、この不確実性を克服することは困難だ。
不確実性は克服できるのか?
特に経済においては、2008年9月のリーマンショック以降、世界中がまるで先の見えない濃い霧の中にあるようにも感じられる。この霧こそ「不確実性の霧」である。
「不確実性の霧」という言葉は、定量的分析による意思決定手法を学生や社会人向けに分かりやすく解説した良書「不確実性分析 実践講座」(ファーストプレス刊)の中に登場する。
「分からないことはいつもある。しかしビジネスリーダーはそれでも意思決定をしなければならない。だから数字を使って建設的に議論を行い、知恵を集めるコミュニケーションを大事にすべきだ」
こう話すのは同書の著者の1人である小川康氏だ。同氏はインテグラートという会社で社長を務めている。
本のタイトルにもなっている「不確実性分析」とは何だろうか。同書によると「不確実性分析とは、何が、どの程度“想定した通りにならない可能性”があるのかを分析していくもの」だという。想定通りにならない可能性の程度が分かれば、それをもとにして適切にリスクを取ることができる。同書では「管理されたリスクを取ることで成功率を高められる」と説明している。
不確実性分析では様々な手法、方法論を用いる。同書で解説されている不確実性分析のごく一部を紹介しよう。
たとえば新規事業を計画する方法の1つとして「逆損益計算法」が紹介されている。この方法は一般的な計画法とは異なり、最初に売上目標を設定するのではなく、達成したい利益目標を設定し、そのゴールに対して必要な売上高や費用といった項目を見積もっていくという方法をとる。目標を達成するために何が必要かを項目(たとえば来店者数、客単価、原価率といった数字)に分解し、項目レベルで必要となる数字を決める。そして項目の数字を達成するための行動を決めるのだ。項目に分解することで行動がチェックしやすくなるというメリットもある。
さらに、「計画通りにならなかった場合の修正プロセス」も予定しておく。この方法を「仮説指向計画法」という。項目の数字は「仮説」であるから、その仮説を検証するタイミングと検証方法を計画しておく。仮説検証で学んだことを、これからの行動に生かすためだ。仮説が外れていたときには、計画を修正する。いわゆる「学習」のプロセスだ。なお、ここでゴールを修正することもある。そのときは前出の逆損益計算法に立ち返ることになる。
また「シナリオプランニング」は、未来を描き、未来への構えをつくる方法のひとつだという。シナリオプランニングで描かれる未来は、従来の中長期計画等で使われるシナリオのように、現在の延長線上に描かれる未来(1つの戦略の成長、維持、低下の3つのシナリオ)とは異なる。シナリオプランニングでは、戦略を1つに絞ったりせず、起こり得る未来のシナリオを描き、それに沿った様々な戦略を策定していく。
大きな不確実性のもとでは「現在の延長線上の未来は意味がなく」また「経験に基づく記憶は存在しない」ことが、その根拠だという。経験したことなら対処できる可能性はあるため重視しない。そうした過去の経験に基づくメンタルモデルに束縛されない方法だという。
同書では、シナリオプランニングの有名な事例の1つとして、大手石油会社シェルのケースを紹介している。1960年代後半、まだ石油産出量の決定権をメジャーが持っていた頃の話だ。シェルのシナリオチームは、産油国政府の視点から「石油危機シナリオ」を作成していた。これは「産油国政府は石油会社からの増産要求を拒否するようになる」というシナリオだ。現実に1973年には石油危機が起こったが、シェルは石油危機の気配を敏感に感じ取り、迅速に重大な意思決定を行った。その結果、シェルだけが突出した利益を得たという。同書はさらに、この成功はシナリオチームによる深い議論と、経営陣がシナリオを共有していたことがポイントであり、多くの人がいわゆる「未来の記憶」を持つことが重要だと指摘している。