Googleが「Innovation Review」という取り組みを始めた。これは、社員の新しいアイデアを上司に報告し、これを経営幹部へ提言する仕組みである。この取り組みは、あのGoogleの試みなので注目に値するが、そのプロセス自体は硬直化した企業がいかにもやってみそうな(しかし形式だけで終わってしまう)刺激策にも聞こえる。なぜGoogleがそんなことをするのか、そして何故それが注目に値するのだろうか。
Googleのジレンマ
Googleというイノベーションとそのスピードを差別化の源泉とする企業が、急成長を遂げた後にもその競争優位を維持し続けるのは容易ではない。Innovation Reviewは、社員のアイデアを具現化するプロセスが硬直化し、社員がそのアイデアとともに社外へ流出してしまい、競合他社や新しいベンチャー企業でそれを実現してしまうことを防止したいという意図があるようだ。つまり、従来は混沌としていたイノベーションのプロセスを管理されたプロセスへと移行させることで、社員のアイデアがきちんとGoogleの中で具現化される仕組みを作ろうというのである。
Googleはその急成長故に社員を増加させざるを得ないし、広告に続く新しい収益源を確保するためにもイノベーションを継続せざるを得ない。しかし、ビジネスが拡大すればするほど、社員が何をやっているのか判らなくなり、新しいアイデアも埋もれたままか外部へと流出してしまう。結果として、本来ならば混沌とした状態に似つかわしいイノベーションを管理されたプロセスへと持ち込まざるを得なくなったわけである。
企業の成長モデルとイノベーションの課題
企業はその成長のプロセスの中で、社員のコミットメントの度合い、企業文化、管理の仕組みなどが必然的に変化する。未上場のベンチャー企業であれば、社員は強いコミットメントと上昇志向を示し、自由闊達な企業文化を育み、強い管理体制を敷く必要もない。しかし、企業が大きくなると、社員の中には上昇よりも安定を求めるものが混ざり始め、保守的な企業文化が顔を覗かせ始める。また、規模が大きくなると仕組みによって管理せざるを得なくなり徐々に身動きが取りにくくなる。
これは、Googleに限らず、どのような企業でも経験する事象であり、そのネガティブな側面は「大企業病」などと呼ばれたりもする。このネガティブな側面を排除して成長を続けるために、今回Googleが取り入れたInnovation Reviewのような試みが行われるわけである。
企業の強みの仕組み化
企業にとってイノベーションは必須のものであるが、その必要度合いはその企業の強みがどこにあるかによって異なってくる。たとえば、スケールが最大の強みであるならば、その企業にとってイノベーションの必要性は、少なくともスケールには劣後する。しかし、Googleのようにイノベーションそのものを強みとする企業の場合、イノベーションのスピードを維持することは競争優位確保の最重要課題となる。
企業の安定的成長を維持するためには、その企業の強みを仕組みとして維持できるかがポイントとなる。突発的な急成長は、偶然の産物として、あるいは天才的な創業者や経営者によって実現されるが、その成長が維持されるには、“仕組み化”が必要となる。たとえば、AppleやVirginのようなカリスマ経営者によって率いられている有力企業の危うさは、特定の個人への依存度が高いことによる。もし、これが企業の強みとして仕組み化されれば、さらなる成長が期待できるが、そうでない場合には、CEOの体調と株価が連動することとなる。
Googleは、天才的な創業者によって急成長した企業である。しかし、その創業者たちは経営そのものを経験豊なEric Schmidt氏へ託し、自分たちはサービスの開発へ注力する姿勢を示した。このとき、Schmidt氏に課された課題は、Googleの経営を行うことに加えて、創業者たちが実現したイノベーションによる成長というモデルを企業の仕組みとして定着させることにある。今回のInnovation Reviewにはそういう意志が感じ取れるが、最も“管理”であるとか“仕組み”という言葉とは馴染みにくい“イノベーション”を、どうやって企業のDNAに組み込んでいくか、今後の展開に期待したい。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。92年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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