本連載「企業セキュリティの歩き方」では、セキュリティ業界を取り巻く現状や課題、問題点をひもときながら、サイバーセキュリティを向上させていくための視点やヒントを提示する。
これまで3回にわたって東京五輪とその後の日本のITを予想してきた。今回はこのテーマの締めくくりとして、2020年以降に今の日本のIT業界がどのようなものになっていくかについて述べていきたい。
東京五輪後の反動不況について
そもそもこのテーマは、前の東京五輪の翌年に当たる1965年に「昭和40年不況」と呼ばれる反動不況があったことから思い立ったものだ。2020年の東京五輪の翌年も同様に「令和3年不況と呼ばれるものが起こるのではないか」という仮説で書き始めたが、この四半世紀に限ると2004年のアテネ五輪を除き、反動不況と呼べるものは無く、そのアテネも「ギリシャ危機」と呼ばれる別の要因によって不況に陥っただけで、五輪の開催が不況を招いたと言えるレベルのものは無かった。なお、この詳細に関しては「東京五輪後の日本のIT世界--『令和3年不況』は発生するのか」をご覧いただきたい。
つまり、五輪開催に向けて新国立競技場やその他の関連施設の建設で特需が発生している土木・建築を除き、2020年以降に東京五輪の開催に起因する反動は発生しないと思われる。もちろん局所的にいろいろな問題は発生するかもしれないが、それは別の要因でも起こり得るだろう。むしろ現在発生している米中貿易戦争などの成り行きの方が、日本経済にとってより大きなリスク要因になると見られる。ただ、日本経済が米国経済の影響を大きく受けることは、第2次世界大戦後から70年以上続いている事態であり、今さら心配しても仕方がない。
「2025年の崖」と言われている問題
ただ、東京五輪後の日本経済に関連して、ITを巻き込んだあまりよくない予測や仮説がまことしやかにささやかれ始めた。「2025年の崖」と呼ばれるものだ。
その根拠は、経済産業省が2018年9月に発表した「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート」にある。このレポートによると、企業が日本特有の進化をしてきたことで、ITシステム自体が複雑化、ブラックボックス化し、DXを失敗させるという。経産省は、これによって2025年から毎年12兆円もの経済損失が続くと、衝撃的な数値を示して警鐘を鳴らしている。
これが言わんとするのは、「既にITが日本経済の足を引っ張っている」という状況であり、2025年ごろからさらに加速していくということだ。筆者もIT業界に身を置く一人として反論したいところだが、この経産省の提言は非常に的を射ていると言わざるを得ない。
日本のIT業界は、ベンダーとユーザー企業が相互依存の関係にある特殊な構造を持つ特徴があり、それは「ガラパゴス化」などとやゆされながらも常態化してしまった。ITの用途が既存のビジネスの効率化(OA化などと呼ばれた時代)であれば、その構造でも機能したし、むしろ1980年代の日本経済の拡大に大きく寄与したと言ってもいいだろう。
しかし時代は変わり、ITが「業務の効率化」というレベルから「社会構造自体を変える全く新しいインフラ」となった途端に、従来の構造が機能しなくなったのだ。ベンダーはこの変化を迎えても、本来持つべきビジョンを持てず、当然戦略にも落とし込めなかった。そして“IT音痴”のユーザー企業の経営層もこの期に及んでそのベンダーに依存し続ける状況も変わらない。このようなもたれ合いの構造が、「2025年の崖」と呼ばれるような状況を生んでしまった。ITの戦略を持たず自社で要件定義や仕様決定ができないユーザー企業と、単に客先へ常駐のシステムエンジニアを派遣するだけのベンダー企業は、これまでしぶとく生き残ってきたももの、今回ばかりは「2025年の崖」を転落していくことになるだろう。