IoT(モノのインターネット)の拡大や5G(第5世代移動体通信)のサービスインなどを背景に、「エッジコンピューティング」への関心が高まり始めた。エッジコンピューティングは、多種多様かつ膨大なデータの発生源に近い領域で電算処理を行うという概念だ。データの発生源においてリアルタイム性が要求される高度な制御を可能にする、あるいはクラウド/データセンターでの集中処理に伴う非効率性の解消などがその意義とされ、2020年代の拡大が見込まれる。
その仕組みをインターネット空間でいち早く実装し、コンテンツ配信ネットワーク(CDN)などのソリューションを拡大させてきたのが、米マサチューセッツ工科大学の教授で、1998年にAkamai Technologiesを共同創設したTom Leighton 最高経営責任者(CEO)だ。同氏に“エッジ”をめぐる状況について尋ねた。
米マサチューセッツ工科大学教授、Akamai Technologiesの共同創設者で最高経営責任者を務めるTom Leighton氏
--近年、IT業界で「エッジコンピューティング」が知られるようになってきました。この状況をどう見ていますか。
Akamaiは、約20年にわたってウェブサイトがよりダイナミックになるように、そして、個々のユーザーにとって最適な形で情報を提供できるよう、さまざまな形でエッジコンピューティングをサポートしてきました。
確かに、インターネットの世界で「エッジコンピューティング」が使われていることを多くの人々が知るようになったのはつい最近のことですが、われわれには20年の歴史があります。1999年に“エッジ”を銘打つ幾つかのサービスを開始しましたし、この時点で世界の数千カ所にエッジの拠点も構築しています。
初期には、コンピューターの基本的な演算機能をエッジで提供し、2000年代の初めにはOracleとエッジ環境でJavaを標準的に利用できるようにするための取り組みもしています。個々のユーザーに合わせてレスポンスをカスタマイズするサービスも提供しました。
多くの人々はこうしたエッジの仕組みをあまり意識していなかったと思います。現在は、エッジが新しいもののようにバズワードとして取り上げられるようになってきましたが、実際には目新しいものではありません。1000社以上の顧客が10年以上もの長い間、大規模にエッジコンピューティングを利用しています。
--最も使われている用途は何でしょうか。
たくさんあります。例えば、ユーザーの場所や好みに応じて最適化したウェブページや画像などのコンテンツを配信したり、オンラインのチケット販売サイトなら集中するアクセスを負荷分散によって平準化したり、ユーザーがいる場所の天候情報の提供や、ウェブサイトのA-Bテストであれば、リアルタイムにコンバージョンレートを比較するようなことも可能です。こうした用途は、エッジコンピューティングによって安価で高速に行えるようになっています。
--エッジが注目される背景にIoTなどの新しい用途もありますが、現状ではいかがでしょうか。
現時点で最も使われているのは、やはりウェブ体験にまつわる機能やセキュリティなどです。IoTは長い間注目を集めてきましたが、現在が最も関心を集めているのではないでしょうか。特に5Gの登場によって通信の遅延が改善したり、より多くのデバイスが同時接続されたりすることで、IoTの普及が後押しされていくでしょう。これまでは人が利用するものでしたが、今後は機械が使うようにもなっていくとも予想しています。
--IoTの接続など、今後予想されるネットワークニーズの多様化へどのように対応していくのでしょうか。
1つは規模の拡大です。Akamaiのエッジローケーションやサーバーの能力をさらに増やしていきます。また、MQTT(Message Queuing Telemetry Transport)のような新しいプロトコルに対応するソフトウェアの開発、最新のサイバーの脅威に対応するセキュリティ機能、ソフトウェアをより効率化するための投資もあります。
東京で開催したカンファレンスでは、来場者にスマートフォン端末を素早く振ってもらい、その速さを競うコンテストを企画しました。端末の加速度センサーで取得した1秒当たり10件のMQTTのデータを東京にあるAkamaiのエッジサーバーに送信して集計を行い、会場でリアルタイムに順位が変動する様子をデモンストレーションしました。こうした新しい分野のアプリケーションに対応したり、従来のコンテンツ配信では高品質なコンテンツをより快適に利用したりできるようインフラの拡張とエッジの拡大を推進していきます。
--エッジコンピューティングでは、インターネットを経由したクラウドへの通信のほかにも、例えば、スマートカー同士の車載間通信など極小エリアでの通信もあります。後者のようなネットワーク利用にも対応していく計画ですか。
既に幾つかの大手自動車メーカーとIoTに関する取り組みを進めています。彼らはAkamaiにとって初期からの顧客でもあります。IoTが広がる以前にAkamaiを通じて利用されていたアプリケーションは、徐々に車両側へ移行しつつあります。自律型走行などの技術がさらに発展すれば、車両間や車上の装置同士でリアルタイムなデータ処理を行われるようになり、Akamaiとしても今後こうした通信へのニーズが高まれば対応していきます。
--2019年4月に、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と合弁で「Global Open Network(GO-NET) Japan」を設立しました。現状と展望をお聞かせください。
GO-NETでは、Akamaiが開発する特別なブロックチェーン技術を提供していきます。この技術は高い拡張性を備え、安全性も高く低コストを実現しています。将来はIoTや5Gなどを通じて広範な業界に関心が及ぶと考えています。
最初の段階では、既に高速トランザクション処理が求められている金融業界に焦点を当てました。この技術のユースケースを説得力のある形でいち早く提供したいと考えており、ここではMUFGとのパートナーシップがとても重要になります。現時点では2020年半ばにサービスを開始する予定であり、その際には拡張性やパフォーマンスに優れたトランザクションのインフラをお見せできると考えています。