「シリーズA」と呼ばれる投資ラウンドは、スタートアップ企業の資金調達における重要局面の1つと言われている。エンジェル投資家や家族・友人らの支援でスタートし、まだ芽が出るか分からない段階から、商品開発の強化やマーケティング施策の展開、人材の獲得などへ進むために、数千万~数億円規模の資金を調達する。ここを乗り越えれば、シリーズB、C、Dへとさらなる成長に踏み出せる。
そんな1社が、富士通から事業を切り出して独立(カーブアウト)したRUN.EDGEだ。スポーツ映像の分析サービスを展開し、2020年2月27日にはKDDI、メディアシーク、データスタジアムなど8社から合計5億8000万円の資金調達を完了した。日米のプロ野球団に加えて、国内外のサッカーチーム(プロ・アマ)などにもサービスの提供を広げていくためだ。ユーザー層の拡大と画像分析技術の新たな活用へとステップアップする同社の次の一手に注目する。
RUN.EDGE 代表取締役社長の小口淳氏
富士通からカーブアウトしたRUN.EDGE
RUN.EDGEのスポーツ映像分析サービスは、2015年に富士通の社内プロジェクトとしてスタートしたもの。具体的には、例えば、ピッチャーがどんな球質のボールを投げて、誰が三振したり、ヒットやホームランを打ったりしたという投打球の映像を分析するクラウドサービスだ。監督やコーチ、選手が対戦相手の研究に利用するもので、観たいシーン画像を検索・分析したり、映像を編集したりできる。簡単に言えば、バッターならピッチャーのクセをつかみ、チームを勝利に導くサービスになる。代表取締役社長の小口淳氏によれば、競合するアプリはあるものの、多くはPC用のソフトで、リアルタイムな分析・予測ができないという。
その一方で、課題が表面化してきた。2006年に富士通のソフトエンジニアとして入社した小口氏が1年間の予算で、野球向け画像認識アルゴリズムの商品化に取り組み、2016年に日本のプロ野球の3球団、翌年には米プロ野球の6球団を顧客として獲得した。その数は現在10以上になったが、プロジェクトの目標は単年度の業績となり、数年後の成長戦略計画を立てづらいこと。「あくまでもプロジェクトなので、開発の機能しかなかった」(小口氏)という。米プロ野球団との交渉で、契約書で問題が発生したこともあった。そこで、小口氏は上司となる富士通の役員と相談し、制度やミッション、ブランドなどを切り出すことにし、2018年6月にRUN.EDGEが設立される。
ただし、富士通の100%出資にしなかった。「ハッカソンなどで、ゼロからビジネスを創出するのではなく、今ある1のビジネスを10にするにはみんなが命がけでリスクを負ってやらないと成功しない」との小口氏の強い決意もあり、富士通以外からの出資を募ることにした。具体的には、経営コンサルティングのスカイライトコンサルティングが3割を出資している。同社はプロチームへの人脈やスタートアップ支援ノウハウも提供する。小口氏はスポーツ事業に力を入れるスカイライトを「最適なパートナー」とうれしそうに話す。
プロ野球向けからサッカー向けへと事業拡大へ
富士通からカーブアウトした同社は、いよいよ事業拡大を計画する段階に入った。必要なのは、サービス商品と販売網の拡充になる。まずはプロ野球向けサービスに加えて、サッカー向けを開発し、国内外のプロやアマチュアのチームに売り込む。既に川崎フロンターレなどJリーグクラブや欧州1部リーグのクラブ、ブラジルのクラブなどが採用を決定したという。
小口氏によれば、サッカー向けサービスは野球向けとは少し異なる。例えば、「録画した画像を見ながら、ここにスペースがある」といったフィールドのプレイ情報を人が判断し、スペースなどの情報を入力していくこと。「映像の中にコミュニケーションを取り入れるという感じ」(小口氏)になる。サッカー向けは汎用性があるので、ラクビーなどにも応用可能だという。
資本出資先との協業ビジネスも進める。KDDIとは5G(第5世代移動体通信システム)時代のスポーツ観戦体験サービスなどの共同開発に取り組む。スポーツ以外の市場開拓も考えられている。例えば、学校の授業、塾のオンラインコースなどの教育現場での映像シーン技術を活用し、授業の効果と品質を高める。ある教育テックのカンファレンスで、その内容も公表している。
販売網も拡充する。野球もサッカーも強力なパートナーが事業拡大に欠かせないので、「強いコネクションを持つ人たちをパートナーに獲得する」(小口氏)という。従業員の確保にも力を入れる。実は、従業員のほとんどが富士通からの出向なのだ。小口氏も出向だったが、外部資本を調達するために、2019年2月に転籍した。資本出資先との協業、新しい人材がシリーズB、C、Dへ進む大きな一歩になるだろう。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。