本連載「企業セキュリティの歩き方」では、セキュリティ業界を取り巻く現状や課題、問題点をひもときながら、サイバーセキュリティを向上させていくための視点やヒントを提示する。
前回は、アニメ「ドラゴンボール」の“愛すべき噛ませ犬”キャラクターであるヤムチャの行動と戦いにおける敗因から、企業のセキュリティ対策における落とし穴になる点を考察した。しかし、実はこのヤムチャのような行動がセキュリティ対策とってむしろ必要であり、役にも立つ。今回はそのことを述べていく。
ヤムチャはなぜ“かませ犬”のような行動をするのか?
少なくともヤムチャは、前回の記事で解説したように、地球の平和を守るために正義感を持って難敵との戦いに挑んできた。ただ、敵に対する意識の甘さが原因になり敗北することが多く、結果的に主人公が勝利する“かませ犬”のような存在になっている。ここで重要なことは、なぜヤムチャがそのような行動をしなければならなかったのかという点だろう。
ヤムチャの登場シーンは、主人公の孫悟空やその他のはるかに強い戦闘力を持つメインキャラクターが到着するまでの時間稼ぎとして戦う場合が多い。その時は、地球や(場合によっては宇宙の)平和が脅かされている非常にシリアスな場面である。
もし読者のあなたが、そのような状況下に置かれたとしたらどうするだろうか。これは緊急事態であり、誰にとっても難題と言える。なぜなら、目の前にいる敵の強さや戦力が一切分からないからだ。目前の敵の姿が全戦力かどうかも分からない。その敵と戦闘をしている最中に、別動隊に裏をかかれるような場合も想定できるからだ。
筆者なら、このような場面では「威力偵察」と言われるような行動をするだろう。威力偵察とは、軍事作戦における情報収集手段の一つであり、このような敵の勢力や装備などを把握できてない時に使用する。敵の位置が分からない場合にも有効な手段だ。怪しい場所に制圧射撃(敵の行動を抑圧する目的で行う攻撃や射撃)することも、威力偵察の目的になる。
つまり威力偵察の(少なくとも主な)目的は、敵の撃破ではなく、素早く撤退してその情報を持ち帰ることにあり、それが優先される。そのため、この任務を遂行するには、機動力に優れた部隊によるヒット&アウェイの能力が要求される。新たな敵が現れた際に、それほど強いメンバーではないにも関わらず、一見すると無謀にしか見えない特攻のような行動をする。言い換えると、“かませ犬”とも見なせるヤムチャの行動は、威力偵察として行動していると考えると、非常に合点がいくものだ。
ドラゴンボールの連載当初はともかく、少なくとも中盤以降でヤムチャ自身は、決してメインキャラクターではない。その後ろに主人公以下の強い猛者たちが必ずそろっている。さらに、サイバイマンにやられたように最悪の事態(前回記事を参照)が起こったとしても、ドラゴンボールによって生き返ることができる。ヤムチャの行動は、まさにこれらのリスクを総合的に判断した結果だといえるのではないか。正体不明の敵の実力や戦力の規模を作品中の仲間だけではなく、現実世界にいる漫画の読者やアニメの視聴者にも理解させるために必要だったのだ。
この行動を表現した言葉に、「ヤムチャしやがって(=ヤムチャ、むちゃをしやがって)」というのがある。これは、とても敵わない相手に挑むことはもちろん、それが転じてオンラインゲームの課金ガチャでの“爆死”(良いアイテムが1つも出ないこと)の際にも使われる言い回しだ。しかし、ヤムチャの行動は決してむちゃなものではなく、主人公が最終的に達成する勝利のために必要不可欠なアクションだった。