Amazon Web Services(AWS)の年次イベント「re:Invent 2020」がオンラインで開催されている。米国時間12月8日に行われた機械学習に関する基調講演の中では、製造業やエッジコンピューティングにおける機械学習サービスなどが示された。
同社で機械学習分野を担当するバイスプレジデントのSwami Sivasubramanian氏は、機械学習がコロナ禍でより広く深く利用され、ビジネスの中核を担うテクノロジーとしての重要性が増していると説いた。AWSは、機械学習についてインフラのインスタンスサービス、統合的な開発管理環境の「SageMaker」などによるサービス群、そして、これらの上に展開するAI(人工知能)サービス群を展開する。
Sivasubramanian氏は、機械学習においてもユーザーが高度で専門性的な知識や経験なしに容易に利用できるサービスに注力しているとし、直近1年でも250以上の機能を追加したとする。最新の注目機能は、同1日に行われたCEO(最高経営責任者)のAndy Jassy氏の基調講演で明らかにされた。
機械学習は、ビジネスのためのデータ活用のテクノロジーとも位置づけられるだろう。Sivasubramanian氏は、インフラ、データ基盤、データトレーニング、モデル開発、運用管理のライフサイクル全般に渡る最新の取り組みとともに、企業ニーズとして「ビジネスにエンドツーエンドで適用」「特別な知識無しで利用可能」「最終的な“解”のみを求む」を挙げた。ビジネスニーズに呼応するサービスの代表例がクラウドコンタクトセンターの「Amazon Connect」であり、プラットフォーム的な存在となる。これにユーザーが必要な機能を選択し組み合わせていく形でAIサービスが用意されている。
SageMakerは、機械学習テクノロジーとしてのプラットフォームとも見ることができるが、日本でも活発な取り組みが広がるIoTや製造業ITといった分野の新機能として、「Amazon SageMaker Edge Manager」が発表された。同機能は、生産設備など現場でデータを単独処理、あるいはクラウドデータセンターと連動する「エッジコンピューティング」での機械学習基盤になる。
エッジ向け機械学習管理の「Amazon SageMaker Edge Manager」
エッジコンピューティングのための機器(現場PCや制御端末、カメラ、センサーなど)は、物理的な制約から処理性能や通信能力などが限定されるため、多数の機械学習モデルを実行したり、継続的に改善したりするようなことが難しい。そこでエッジ上の機械学習環境とクラウド側の巨大なリソースを橋渡しする仕組みとしてSageMaker Edge Managerを用意したとする。
また、さまざまなビジネスの現場で異常を検知する「Amazon Lookout for Metrics」を発表した。ビジネスで設定するしきい値をもとに異常な状態を検知し、「売り上げの減少といった兆候をいち早く検知し対応するための機能になる。企業は今までも経験に基づいてしきい値を設定したが、その値が正しいものか、精度を改善できないか、といった課題がある。それを容易に行える」(Sivasubramanian氏)という。
機械学習を使う異常検知に特化した「Amazon Lookout for Metrics」
Amazon Lookout for Metricsでは、標準で25種類のコネクターを用意し、用途に応じた専用の警告システムなどと連携する。AWSの他のサービスと連携し、検知した異常の要因もさかのぼって分析可能で、検知基準を機械学習で改善し続けていくものになるとしている。
今回のre:Inventでは、多数の製造業向け機械学習関連サービスも発表されている。生産設備や機器から振動や音、温度といった稼働状態などのデータを取得するためのセンサーやカメラ、エッジコンピューターのデバイスから、デバイスに機械学習ソフトウェアを組み込むSDK(開発キット)に至るまで、データが生成される製造現場のソリューションが一気に拡大した。
「AWS Panorama Appliance」の本体
AWSは、これまでも「AWS IoT」(2015年)や「AWS Greengrass」(2016年)、「IoT SiteWise」(2018年)、「AWS Wavelength」(2019年)など、現場で生成されるデータをクラウド側で処理するソリューションやサービスを拡充させてきた。今回発表の現場向けサービス群が加味されたことで、「現場・エッジ・データセンター」というIoTデータ活用のスタックが出来上がった格好だ。
現場やエッジ領域で機械学習を利用するサービスが拡大され、クラウドを含む仕組みが出来上がりつつある
講演では、AI担当バイスプレジデントのMatt Wood氏が、鉛筆の生産工場を例に、一連のIoTソリューションや機械学習を利用するシーンを見せた。蓄積した機器の振動データをもとにわずかな異常を検知して機器の故障を予測し、あらかじめ部品交換などを手配して障害発生に備えたり、生産ラインを流れる大量の鉛筆をカメラで撮影し、その映像を機械学習で解析して不良品を検知する品質管理に活用したりといったものだ。
ここ数年、日本ではWood氏が見せたようなシーンがPoC(概念実証)として至るところで取り組まれており、珍しいものではなくなりつつある。IoTやエッジの業界団体、また、産業装置メーカーやITベンダー、通信会社などによるエコシステムも多数形成されている。5G(第5世代移動体通信)の超低遅延、高密度、大容量の通信特性を存分に生かしたIoTソリューションの本格的な普及が期待される状況にある。
以前の製造業には、例えば、「マイクロ秒オーダーなのにミリ秒オーダーでは制御など不可能」といった形でIoTやクラウドに対する厳しい見方がなされ、「IT業界のゴリ押し」とばかりに敬遠するムードがあった。それでもIT側の技術進化で、歩留まり改善や予防保全といった製造業にとって“定番”の課題にようやく対応できる状況が整ってきた。
ただ、以前からIoT推進体制が多数存在する日本の状況はスケールメリットを生み出しにくいとの指摘が以前からあった。そこに“ハイパースケーラー”と称される巨大クラウド企業群の一角を担うAWSの進出は、IoTの世界的な普及に大きな影響を及ぼしそうだ。
日本の製造業でもIoT活用が進むが、今後はスケールメリットは焦点になりそうだ
IT業界でもクラウドは、オンプレミスのIT環境としてよく表現される“一枚岩”を破壊するテクノロジーとして普及が進んできた。AWSの講演では、製造業のような“一枚岩”の業界に向けて垂直統合の形でサービスを展開する戦略が示され、今回の一連の発表は伝統的な産業構造も変える可能性を秘めたものとなっている。