現在の暗号技術は今のところ命脈を保っているが、量子コンピューティングのスキルセットを充実させることは喫緊の課題になっている。これは近い将来、量子技術が実用化されたときに発生する潜在的な脅威に各国が対抗するには、今から適切な知識を獲得する必要があるからだ。
市場のさまざまなプレイヤーがこの分野で大きな前進を見せているため、早ければ5年後には、その未来が訪れる可能性がある。例えばIBMは、2025年までに4000量子ビットを超える量子コンピューターを開発する計画だと発表している。同社は、これによって量子コンピューティング技術は実験段階を終え、2023年から2025年の間には企業が量子コンピューターを導入できるようになると述べている。
Dell Technologiesの最高技術責任者(CTO)を務めるJohn Roese氏は、米ZDNetの取材に対して、こうした進歩によって、量子コンピューティング技術の導入を支えられる人材を確保する必要が生じていると強調した。
Roese氏は、ITコミュニティーにはクラウドコンピューティングの台頭への備えができていなかったこととを引き合いに出し、C++などの従来のプログラミング言語のスキルを持つプロフェッショナルはいたが、クラウドネイティブなアーキテクチャーを活用できる高度なスキルセットを持つ人材は不足していたと話す。
企業や大学は、その状況に気づき、問題を解決するための努力をした。
同氏は、IT業界はなんとかその問題を解決することができたが、この間違いを教訓として、次の変化に備える必要があると主張する。そのためには、量子コンピューターが実用化されるまでに、政府や企業が十分に準備を整えなければならない。
量子技術の分野では、プログラミング言語やビルドロジックが異なるため、これまでとは異なるスキルセットが必要になると同氏は言う。ソフトウェアのフレームワークやツールチェーンも新しくなるため、データサイエンティストを含むITプロフェッショナルは、量子コンピューティングのための新しいスキルセットに適応し、それを身に付ける必要がある。
この分野での取り組みは、少なくとも表面的には進んでいるように見える。Dellの推計では、各国の政府は、量子技術に関する競争力を確立するために、合計で240億ドル(約3兆2500億円)以上を研究開発に投じているという。
同業界の現在の売上高が9億ドル(約1200億円)にすぎないことを考えると、これは非常に大きな金額だ。また同氏は、その中でも、中国やシンガポール、インドなどのアジアの国々が量子コンピューティングの能力を高める取り組みを始めていると指摘した。
例えばシンガポールでは、セキュリティと耐量子ネットワークの構築に焦点を当てた計画も進められている。同国政府は5月に、「Quantum Engineering Programme」(QEP)と呼ばれる計画のもとで、同国の3つのプラットフォームを支えるための最長で3年半のプロジェクトに、2350万シンガポールドル(約23億円)の予算を確保すると発表した。
これらの計画の目標は、量子コンピューティング分野におけるシンガポールの能力を高め、暗号技術の有効性を維持し、「総当たり攻撃」に耐えられるようにすることだ。
またQEPには、「暗号のアジリティーを確保した接続」のあり方を示す「耐量子ネットワーク」を構築し、公的機関と民間企業の両方の取り組みを支援することをうたった計画も含まれている。2月に発表されたこのプロジェクトの目標は、重要インフラのネットワークセキュリティを強化することであり、スタート時点でST Telemedia Global Data Centers、Cyber Security Agency、Amazon Web Services(AWS)などをはじめとする15社のパートナーを獲得している。