前回まで、サプライチェーンにとってのリスクとして、感染症を含むハザードリスクや地政学リスクなどがあることを解説しました。サプライチェーンリスクマネジメントでは、自社のサプライチェーンを強靱(きょうじん)化する「平時の活動」と、リスクが顕在化した際に適切に対応し、サプライチェーンを止めない「非常時の活動」に分かれます。今回は、非常時の活動において、いかに迅速にインシデント(危機事象)の発生を覚知するかが大切か、そして、その為に必要な準備は何かについて説明します。
サプライヤーの工場で火災が発生して生産が止まった。水害によって物流倉庫のオペレーションが停止した。サプライチェーンを阻害するインシデントが発生した際、いかに早期にそれを覚知できるかどうかが、その後の対応の成否に大きな影響を与えることは明らかです。
例えば、自社のリソース(工場や物流拠点など)において被害が発生した場合に、それを早期覚知することが大切なことは言うまでもないでしょう。早く対応することでそれだけ被害の拡大を食い止めることができます。
サプライチェーン全体のリスクマネジメントを考えた際に難しいのは、サプライヤーや納入先、物流事業者など、関係するステークホルダーの数が膨大で、ネットワーク状に広がっている点です。自社リソースについては、監視カメラやセンサーなどを設置することで早期覚知の体制を整えることができますが、サプライチェーンのどこかで発生するインシデントをタイムリーに知ることは、緊密な連絡体制を構築していなければ難しいと言えます。しかし、難しい分、それを実現することができれば、競争力につながっていきます。
なぜ競争力につながるのか。Specteeは危機管理ソリューション「Spectee Pro」を提供し、SNSからサプライチェーン上で起こるインシデントの情報を収集し、顧客にリアルタイム配信しています。その中から2つの例をご紹介します。
2020年10月、旭化成マイクロシステムズ延岡工場で大規模な火災が発生しました。この工場は、自動車センサーや音響関連機器などに広く使用されるLSIを製造していた関係から、多くの企業の生産計画に大きな影響を与えました。マスメディアでこの火災が大きく報じられたのは、発生からかなりの時間が経過してからでした。これを発災と同時に覚知していれば、自社のサプライチェーンへの影響の有無を確認し、影響がある場合には代替のサプライヤーを確保するなどのアクションにつなげることができます。代替のリソースは有限であり、一歩早く動くことでより大きなアロケーションを確保することができるでしょう。
もう一つの例は、2021年3月に発生したスエズ運河での座礁事故です。本件について日本語でニュースが伝えられたのは、発生から約半日が経った後でした。発生後すぐに覚知できれば、出荷を一旦止めて代替ルートの船を確保する、納入先に連絡をしてスケジュールの変更を連絡する、欠品のペナルティーを受けそうな場合は一部を航空便に振り替えるなどといった対応をすぐに取ることが可能になります。ちょうど新型コロナウイルス感染症の流行でコンテナー輸送のキャパシティーが逼迫していましたので、代替便の確保は「早い者勝ち」でした。
早期覚知が大切なことをご理解いただけたと思います。一方で、それを実現するための準備も重要です。Spectee Proのようなツールを導入することも一案ですが、無料で入手できる情報も多くあります。
いくつかのツールをご紹介する前に、インシデントの性質について整理します。インシデントには、事前に発生や被害の規模が想定できる「進行型」と、発生の予測や準備が難しい「突発型」があります。例えば、台風は、その大きさや予想進路を数日前から知ることができるため、ある程度の被害想定や事前対策を行うことができます。感染症も広がるのに一定の時間がかかるために進行型と言えるでしょう。一方、地震や事故などは突発型で、その発生を事前に察知することは難しいと言えます。
ハザードマップ
自社のサプライチェーンに影響を与えるインシデントを早期に覚知するのに、まずどこにどのような被害が生じうるかを想定しておくことは重要です。的を絞ることで、漏らさずに覚知することができるからです。その意味で、ハザードマップは必ず活用しなければならないツールと言えるでしょう。