サモアに学ぶ究極のポジショニング戦略

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2011-05-24 08:00

 初対面の広島県人と共通の趣味である釣りの話題で盛り上がったことがある。しかし、しばらく話すうちに微妙に話が噛み合わなくなる。

 何が違うかというと、どうやら釣れる魚の数のケタが違う。こっちが数尾の話をすれば、相手は当然に数十尾の話になる。ゼロが1個多いのである。東京湾で頑張って釣るアジの数が、瀬戸内海では鯛の数なのだ。

 この話を広島出身のタクシーの運転手にすると、「釣り好きなら広島に引っ越さないと駄目だ」と。なるほど、釣りが好きなら魚がたくさんいるところへ行けと。

時間を超えるサモア

 さて、これと同じことをより大胆に行おうとしているのがサモアである。太平洋の島国であるサモアは、日付変更線の東側に位置しているが、西側へ移動するつもりであるという。もちろん魚を釣るためではない。

 また、日付変更線は物理的な線ではないから、島が物理的に移動するわけでも当然ない。要は国の取り決めとして、東側ではなく、西側とするのである。その大きな理由は経済振興にある。

 日本経済新聞によれば、日付変更線の東に位置するサモアは、アメリカ西海岸とは4時間の時差であり、アメリカや欧州とのビジネスには比較的便利である。一方、アジアとは時差の関係により営業日で週に2日も損をすることになると言う。

 日本経済新聞に引用された首相の言葉によると『サモアの金曜はニュージーランドの土曜で、サモア人が日曜に教会に出かけている時、シドニーやブリスベーンは週明けで仕事が始まっているのだ』ということになり、週の終わりと始めで営業日が噛み合わないのだ。

究極のポジショニング戦略

 では、何故、日付変更線を跨ぐ決断をしたのか。実はサモアは119年前に、欧米との貿易を重視して日付変更線の右側へ移動した。

 それが、現在では、アジアとのビジネスの結びつきがより重要となり、今回の判断に繋がったのだという。つまり、魚がたくさん釣れるところへ行くのである。

 『ストーリーとしての競争戦略』によれば、競争優位の源泉は「ポジショニング」と「組織能力」であると言う。そしてそこにストーリーを組み合わせていくことで持続的な競争力を獲得することが同書の戦略論である。その中でも、サモアはその「ポジショニング」において、極めて大胆なのである。同書によれば(P122)、

SP(Strategic Positioning)の戦略とは活動(activity)の選択、つまり「何をやり、何をやらないか」を決めるということです。

 とある。つまり、何を重視するのかメリハリを付けるということだ。サモアの場合はアジアを重視し、欧米のプライオリティを下げるということだ。

 サモアはそれを日付変更線の右から左へ移動するという極めて明示的方法で実現する訳である。これは、国家レベルでのポジショニング戦略であると共に、アジアの相対的地位の高まりを象徴するものでもある。

 日本はサモアよりもアジアへは遥かに近いはずなのだが、あえて日付変更線まで跨いでやってきたサモアよりも遥かに遠いような感じがする。ポジショニングとは物理的な位置の話ではないのである。でも、僕はいつか、広島に引っ越そうかな。

飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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