ITアナリストが知る日本企業の「ITの盲点」

第11回: CX実現とは、真の意味で「顧客中心主義」を貫くことにあり

取材・構成=翁長潤

2019-11-26 06:00

 本連載は、元ソニーの最高情報責任者(CIO)で現在はガートナー ジャパンエグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデント エグゼクティブパートナーを務める長谷島眞時氏が、ガートナーに在籍するアナリストとの対談を通じて日本企業のITの現状と将来への展望を解き明かしていく。

 今回のテーマは、「より良いカスタマーエクスペリエンス(CX)の実現」だ。デジタルテクノロジーの進化で多様な顧客接点(コンタクトチャネル)が登場する中、売り上げや利益などの財務的な数値で表現することが難しいCXについて、どのように解釈してビジネスの成長につなげるかが課題となっている。CXやCRM(顧客関係管理)の動向をリサーチしている川辺謙介氏にそのヒントを尋ねた。

形の見えにくいものを追求するCRM/CX

長谷島:まずはガートナーのアナリストになろうとしたきっかけを教えてください。

川辺:アナリストになって13年が経ちます。前職ではマーケティング部門に所属し、ITを使う立場でCRMやダイレクトマーケティング分野での実務をしていました。当時は、データを使ってターゲティングをするという考えが浸透しておらず、所属組織の中では特異な存在でした。データやシステムを活用すれば業務がスムーズになると提案してみても、そういう意識がないマーケティング担当者には理解されませんでした。

 そんな時に、たまたま目にしたのが、ガートナーのレポートでした。自分が知りたいことが書かれており、「こんな仕事があるんだ」と思い、求人に応募したら受け入れてもらいました。今でこそデジタルやデータなどに多くの顧客が関心を寄せていますが、ようやく形になってきていると感じ、非常にやりがいがある仕事をしていると思います。

リサーチ&アドバイザリ部門 顧客関係管理/カスタマーエクスペリエンス管理 シニア ディレクター アナリストの川辺 謙介氏。CRMを中心とした調査・分析・予測と、それに基づいたユーザー企業への提言を行っている。ガートナー ジャパン入社以前は、無線電気通信事業者においてCRM(顧客分析、顧客戦略およびプランニングを通じたダイレクトマーケティング)業務、ITコンサルティング会社やSIベンダーにて販売分析システムやCRMシステム、ECサイト構築などに従事する
リサーチ&アドバイザリ部門 顧客関係管理/カスタマーエクスペリエンス管理 シニア ディレクター アナリストの川辺 謙介氏。CRMを中心とした調査・分析・予測と、それに基づいたユーザー企業への提言を行っている。ガートナー ジャパン入社以前は、無線電気通信事業者においてCRM(顧客分析、顧客戦略およびプランニングを通じたダイレクトマーケティング)業務、ITコンサルティング会社やSIベンダーにて販売分析システムやCRMシステム、ECサイト構築などに従事する

長谷島:現在はCRMからCXへという流れが来ていると言われます。これまでの流れと、これからどう進化するのか、そして、CX成功のための課題などを教えてください。

川辺:CRMとCXで目指す本質は変わっていません。CRMは21世紀に入る前から考え方として注目され始め、パッケージシステムとして導入されてきました。しかし、中には「CRMは投資した割にはリターンが少ない」という認識をされている方もいます。

 現在はCX、“カスタマーエクスペリエンス”という言葉が注目されています。CRMとは異なる言い方をすることで、導入効果に対する見直しを進めているのでないかという見方もあるかと思います。もう一つは、“エクスペリエンス”がビジネス上の付加価値であるという考え方が21世紀に入ってから注目されてきました。CRMとCXは目指すところが同じですが、“経験”あるいは“エクスペリエンス”という形の見えにくいものを追求するというアプローチに変化していると思います。

ブランディングより、いかに顧客の信頼を勝ち取るか

長谷島:CRMは視点が内側にあり、「もっとビジネスの種はないか」「機会はないか」という見方をしていると思います。一方、CXでは顧客視点で、彼ら彼女らが何を考えているかをもっと真剣に知ろうというように変わりつつあると思います。

川辺:ビジネスは顧客がいないと成り立ちません。顧客と自社のビジネス、双方の最大化を目指すという考え方が中心です。長谷島さんが指摘するように、まず「社内のプロセスを自動化しよう」「改革しよう」という社内変革に重きを置いたのが前世代的なCRMといってよいと思います。

長谷島:そうですよね。「お客さまが第一」と言いながら視線は内側を向いていると。

川辺:はい。顧客視点を大切にすることは昔から同じですが、より競争が激しくなっている現状があります。商品がコモディティー化して、どのメーカー、どのブランドを選んでもそれほど大差がなくなった場合、もっと顧客の反応を見る必要が出てきます。そこで、よりエクスペリエンスに注力するようになっています。

 企業は、今まで以上に顧客の声を聞くようになりました。デジタルが普及したことでそうした声がダイレクトに寄せられて把握できるようになりました。顧客の反応を見て改善していくアプローチが重要だというのは、理念としては以前からありましたが、現在の方がより実現しやすくなっています。

長谷島:その観点からすれば、ITが果たす役割は大きいようですね。川辺さんが分析している視点では、どのような課題や注意点がありますか。

川辺:「顧客の行動が読めない」という課題があります。パターン化したり、モデル化したりすることはシステムを使うと可能ですが、新しい市場の変化や新しいテクノロジーが入ってくると、読めなくなります。やはり顧客を理解して先手を打ち、システムを活用することが求められます。今後はよりテクノロジーが活躍するだろうと予測しています。

 一方、注意点としては、顧客をコントロールしたり、支配したりしようという企業視点での発想が出てしまうことですね。企業中心的な考えと、顧客を中心に据えた考え方は相いれません。顧客視点に立ち、顧客からいかに信頼を得るかが重要です。

 「自分が利用者」という立場なら、頼れるところに頼りたいですし、よく理解できることだと思います。昨今では、個人情報保護やプライバシー侵害の問題も出ていますし、「プライバシーを守りさえすればいい」という考え方と、顧客の信頼を勝ち取ってビジネスを成功させるという考え方は、目指す方向が同じでも次元が違います。ルールさえ守れば何でもいいという考えに陥ることもあります。単に個人情報を適切に管理するだけではなく、顧客に頼られ選ばれる必要があります。いかにその信頼を勝ち取るかが、今までのようなブランディングよりもさらに先にあることだと思います。

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