ITアナリストが知る日本企業の「ITの盲点」

DXを阻む既存の悪しき慣習、テクノロジーをないがしろにする組織の末路

取材・構成=翁長潤

2023-05-08 06:00

 前回に引き続き、ガートナージャパンのエグゼクティブ プログラム シニアアドバイザー エグゼクティブパートナーを務める長谷島眞時氏と、ディスティングイッシュトバイスプレジデント アナリストの亦賀忠明氏の対談をお届けする。2人の対談は、デジタルトランスフォーメーション(DX)などの変革が叫ばれる中、単なる業務改善レベルではない産業革命に匹敵する変化が訪れるという展開に。ただ、それを阻む壁もあるという。それは何か――。

長谷島眞時氏
ガートナージャパン エグゼクティブ プログラム シニアアドバイザー エグゼクティブパートナー
1976年ソニー入社。Sony Electronicsで約10年にわたり米国や英国の事業を担当し、2008年6月ソニー 業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任し、同社のIT戦略を指揮した。2012年2月の退任後、2012年3月より現職。この連載では元ユーザー企業のCIOで現在は企業のCIOに対してアドバイスしている立場としてITアナリストに鋭く切り込む。

亦賀忠明氏
ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト
ITインフラストラクチャーに加え、「未来志向」をテーマに、先進テクノロジーに関する調査分析を担当。国内外のユーザー企業、主要なベンダー、インテグレーターに対して、さまざまな戦略的アドバイスを行っている。

デジタル変革を阻む、既存の悪しき慣習たち

長谷島:先回も触れましたが、「New World」時代において企業が生き残るためには、先端のテクノロジーを駆使して、未来を創造できる人材を確保・育成する環境が、ますます大事になっていきます。

亦賀:おっしゃる通りです。環境の構築と同時に、経営者を含めた組織のリーダーが本質的な外部環境の変化を、今までの企業論理を超え、学び理解する必要があります。そこからさまざまな施策を打てるようになるでしょう。その際、有効な学習するプロセスがない組織は、頭では何となく分かったつもりになります。そういう組織では、新しいテクノロジーや考え方(例:DXなど)が登場すると、ベンダーやガートナーのような外部の人に対して、「成功事例」を求めるようになります。そうした事例を集め、「自分たちとは違うことが分かった。同じ事例が無いので、自分たちにはできないな」という結論で終わることはよくあることです。

 多くは、外部環境変化は特段重視されず、自分の今の企業中心の議論にとどまるので、実際に組織の本質が変わることにはなりません。

長谷島:「New World」を見据えて必要な人材を迎え入れる、もしくは育てるためには、環境や戦略が大事だということですね。ほかにも重要な要素があると思うのですがいかがでしょうか。

亦賀:これからは、さらにテクノロジーを理解、駆使できる人材が重要になります。外部環境を捉えることや、将来を察する能力も大事です。しかし、外部や危険を察知しても何もできなければどうしようもありません。よって、テクノロジーを使いこなせる人材が必要であり、そのためには、真にスキルのあるエンジニアが活躍できる環境づくり、すなわちエンジニアが活性化する環境づくりが大事です。

 まずは、この記事を読まれている人が、以下のチェックリストに照らした場合、自分たちの環境で、どのくらい「Yes」が付くかを確認されてはいかがでしょうか。Yesが多い企業は、問題ないと思いますが、「No」がほとんどという場合は、対策が必要です。

エンジニアが活性化するためのチェックリスト
エンジニアが活性化するためのチェックリスト

長谷島:このチェックリストを参考にして、要件を満たせる環境づくりを目指すわけですが、その環境を誰が主体と構築していくのかという点では、IT部門など特定部門の中だけで解決できる要件というよりは、企業風土そのものの変革が求められるということですね。

亦賀:ご指摘の通りです。風土や文化を変革した企業例は日本でも出てきています。分かりやすい例としては、例えば、埼玉県のスーパーマーケットのベルクがあります。同社の人材採用ページには、本社で働くスペシャリストの紹介の1番目に「エンジニア」が登場します。

 これまでの小売企業のIT部門と言えば、バックヤードでの業務部門の下請け、裏方のようなイメージがよくあります。一方、最近、企業のエンジニアの募集サイトの中には、実際に活躍している人の顔とプロファイルがタレント図鑑のように登場するケースが増えてきました。ベルクもその例です。そこでは、IT部門やエンジニアが大事にされていることが伝わってきます。こうした企業では「会社がエンジニアを大切にしてくれそうだ。ここだったら元気に活躍できそうだ」と期待が膨らむでしょう。さらに、現場の人に交じって、クリエイターやデータサイエンティストが並んで登場しているページもあります。これは、ガートナーが「フュージョンチーム」と呼んでいる画期的な状態です。

 一方、今でもユーザー企業の中には、IT部門のことを「IT屋」、データサイエンティストのチームを「データ屋」と呼んでいたり、見なしていたりする企業や組織があります。昨今「テクノロジードリブンやデータドリブン経営」を標ぼうする企業は多いですが、トップやCIOが変わるとすぐに昔の状態に戻ることがあります。

 そうなっていない企業では、今でも「業務ドリブン」です。ITで何かインパクトを出そうにも、経営者が「業務部門の言う通りにシステムを開発・運用してください」と業務部門と同じセリフをIT部門に対して言ってしまうことはよくあることです。

 せっかくDXを実現するため現場にヒアリングをしても、最終的には「業務部門が困ることはやめろ」となるなら、結局は江戸時代みたいな昔の業務のやり方と業務システムが延命されるわけです。

 ITやデジタル人材を募ってビジネスインパクトを出そうと思っていても、活躍の場がなければ意味がありません。

長谷島:IT部門やデジタル人材の活躍の場を、既存の業務や価値観という環境が許してくれないということでしょうか。

亦賀:おっしゃる通りです。これまで培ってきた環境や方法、しがらみ、掟、作法を何十年も大事にしている会社、すなわち、従来のルールやポリシー、制度、ガバナンスを変えられない企業は実際に多く存在します。

長谷島:なるほど。先ほどのチェックリストを活用するなどして、組織や部門の責任者が実践する必要がありますね。まずは企業・組織全体を変えていくために、必要な受け皿を準備すること、そして、一緒に働きたい人々の共感を得ることで、人材の確保や活躍につながりますね。

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