エッジ(末端)側にあるデバイスでデータを処理する「エッジコンピューティング」の需要が一段と高まっている。画像や音声など、取り扱うデータの増大に対応する上で、エッジ側での処理が欠かせなくなってきたからだ。常時接続するIoTデバイスのデータを全てクラウドに送ったら、データセンターの負荷がどんどん増し、通信の遅延やコストの増加などが発生する。収集した個人データの扱いに注意を払う必要もある。例えば、データ解析が終わったら、個人を特定するような情報は破棄し、要約したものだけをクラウドに送る。
そうした課題を解決するエッジコンピューティング向けIoTプラットフォームの開発に乗り出したのが、IoTベンチャーのIdein(イデイン)だ。エッジ処理に必要な仕組みを安価に開発・運用するためのもので、同社 CEO(最高経営責任者)兼代表取締役の中村晃一氏は「メガプラットフォーマーを目指す」と意気込みを語る。
Raspberry PiとAI(人工知能)解析を搭載したIoTシステムを開発
Ideinの中村晃一氏
2015年4月に創業したIdeinは、IoTデバイスのハードウェアベンチャーとしてスタートした。1984年生まれの中村氏が東京大学大学院時代に、ある医療機関から「睡眠呼吸を測定する非接触のデバイスを作れないか」との相談があった。睡眠時の呼吸や心拍などを測る装置はあったが、患者にそれを取り付けるのに手間が掛かり、患者にストレスを感じさせるなどの問題があった。
そこで、中村氏は天井などの高い位置にカメラやマイク、スピーカーなどを内蔵したIoTデバイスを取り付けて、胸の鼓動や心拍などを測る方法を考えた。IoTデバイスの電源は既存の電気ソケットを利用する。さらに、IoTデバイスを管理したり、クラウドと連携させたりするサービスも開発した。中村氏が回路設計を、CTO(最高技術責任者)兼取締役の山田康之氏がソフトウェアをそれぞれ担当する。
それをきっかけに画像認識や音声認識、センシングの技術動向を調べた中村氏は「そこに大きなポテンシャルがある」と確信し、山田氏らとIdeinを立ち上げた。開発に取り掛かったのは、高度な画像や音声などのデータを解析するエッジコンピューティング用システムを開発・運用するためのIoTプラットフォームサービス「Actcast」だ。安価な小型コンピューター「Raspberry Pi」を使って、ソフトウェアによる高速処理を可能にするもので、アルファ版を2018年12月、ベータ版を2019年7月に無償提供し、2020年1月に商用版サービスを本格開始した。「ベンチャーがハードウェアを手掛けるには資金なども必要になる」(中村氏)とし、ハードウェア作りは複数のパートナー企業に任せて、現在はソフトウェア開発に専念する。Raspberry Pi以外の小型コンピューターもサポートする予定。
マーケットプレイスで扱うAIアプリの品ぞろえを拡充
Ideinは、AIアプリのマーケットプレイスも用意する。システム構築を請け負うIT企業の技術者らが画像認識など必要なAIアプリを見つけ出させる、いわばAIベンダーとIT企業をマッチングするもの。例えば、店舗の来店客数を調べるには、「顧客とは誰か」「その顧客をどのように判断するのか」といった仕組みが必要になる。店内には店員はいるし、配送業者や警備員もいる。ベビーカーに乗っている赤ちゃんもいるだろう。それらを見分けながら来店客を認識し人数を数える。そんなAIアプリをマーケットプレイスから探し出せる。
AIベンダーにとって、マーケットプレイスは商品開発に力を注げるものになる。AIアプリを1店や2店にインストールする程度なら容易だろうが、数百店舗になれば運用を含めた作業が大きく膨らむ。インストールだけではなく、AIアプリの更新も必要になる。AIアプリの課金もいる。こうした機能をActcastは備えている。
一方、Ideinにとって、マーケットプレイスはエッジコンピューティング市場を狙うクラウドベンダーとの差別化を図る材料にもなる。もちろん収益源で、AIアプリ料金の30%が同社の収入になる。そのため、AIアプリの品ぞろえを拡充している。マーケットプレイスから調達できるAIアプリは目下のところ10社程度で、多くは顔や年齢、表情、人数など人に関する汎用的なものだという。今後は介護など特定用途向けをそろえる。
例えば、「人が倒れた」「食事をしたか」といったもの。物流センターの在庫管理など人以外も用意する。料金は1日単位で、年齢を予測する顔認証アプリはデバイス1個当たり1日70円といった具合だ。月額ではなく1日単位の料金設定にしたのは、「AIアプリは使ってみなければ、本当の良さが分からない」(中村氏)からだという。
支払いは、クレジットカードなどを使って、円だけではなくドルでもできる。実は、Ideinは創業時から海外市場の開拓を視野に入れており、2016年2月にはスペイン・バルセロナで開催した携帯電話関連の展示会「MWC(Mobile World Congress)」に、2019年と2020年には米国・ラスベガスで開催の技術展示会「CES」に出展し、海外市場の動向を探ってきた。既にイタリアや台湾、香港など4カ国・地域にパートナーもいるし、Actcastのウェブサイトは日本語版より英語版を優先して作成している。中村氏は「サービスの本格的な提供を開始した2020年はユースケース作りとパートナー拡充などに取り組む」とし、市場開拓の土台作りに力を入れるという。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。