ガートナー ジャパンは2月13~14日、都内で「ガートナー カスタマー・エクスペリエンス&テクノロジサミット2020」を開催した。基調講演にゲストで登壇した一橋ビジネススクールの藤川佳則氏は、「価値づくりのレンズ:ポスト・デジタル時代の経営論理」と題し、地球規模で起こっている変化を示すとともに、変化に適合するための、ものの見方を紹介した。
一橋大学で副学長補佐(国際交流)を務め、一橋ビジネススクールで国際企業戦略専攻MBAプログラム・ディレクター 准教授を務める藤川氏。「(企業の)価値づくりのロジックが根本的に変わりつつある」と指摘する。企業価値の作り方が従来とは異なる例として、Uber、Airbnb、Facebookなどの“在庫”を所有していない会社を挙げる。
一橋大学 副学長補佐(国際交流)および一橋ビジネススクールで国際企業戦略専攻MBAプログラム・ディレクター&准教授を務める藤川佳則氏
「われわれには、価値づくりを考える時に、知らずにかけているレンズがある」と藤川氏は指摘する。具体的には、バリューチェーン(価値連鎖)を前提に置いてしまう。例えば、タクシー会社を経営するなら、車両や運転手が必要だと考える。ホテルを経営するなら、土地や建物や従業員が必要だと考える。
実は、バリューチェーンのレンズは、35年前に作られた古いレンズだ。経営学者のMichael Porter(マイケル・ポーター)が1985年に提唱した。われわれが生きている現代には問い直す必要がある。こうした古いレンズを知らずにかけていると、ビジネスの機会や課題が見えなくなっていく。このことに危機感を持たねばならない。
バリューチェーンのレンズには、2つの前提がある。1つは、価値を作るのは企業自体という前提だ。現在では、Facebookのように顧客の行動自体が価値になる。もう1つの前提は、価値創造には終点があるという点だ。今は、製品出荷後も価値創造の機会がたくさんある。
Michael Porterは「ファイブフォース分析(業界の収益性を決める5つの競争要因)」のモデルも提唱したが、これも40年前(1980年)のレンズだ。業界内での自社のポジションを確立して競争優位性を構築するというモデルだが、前提として業界を定義できる必要がある。現在では、業界を定義できないところで新しい機会や挑戦が生まれている。
一般的な経済学だと、限界費用を回収できる価格を付けて市場に出ていく。価格競争が生まれ、“神の見えざる手”が働いて価格が決まっていく。ただし、このモデルは、限界費用がゼロ以上であることを前提としている。一方、Facebookにメッセージを投稿したときにFacebookが支払うコストはゼロに近い。こういう時代なので、知らない間にかけているレンズが昔のままで良いはずがない。
デジタル以後の世界はスピードとスケールが異なる
われわれは、時代が変わっていることを認め、ポストデジタル仕様のレンズをかけなければならない。藤川氏によると、デジタル以後の世界、ポストデジタル/アフターデジタルについては、まずアート(芸術)の世界で議論が起こり、ここ1~2年で急速にビジネス界に広まった。
従来は、リアルやオフラインがメインで、デジタルはオマケだった。リアルやオフラインに対して、いかにデジタルを活用するか――という考えだった。一方、今ではデジタルがデフォルトだ。われわれは現在、24時間365日、ずっとデジタルを身に着けながら生活している。
デジタル以後の世界は、スピードやスケールが従来とは異なる。例えば、フィルムカメラがデジタルカメラに置き換わるスピードよりも、デジタルカメラがスマートフォンに置き換わるスピードの方が速い。また、スマートフォンの普及によって、昔よりも今の方が圧倒的に多く写真を撮っている。
データが溢れて爆発している。Googleの元CEO(最高経営責任者)、Eric Schmidt氏は、人間がサルから進化してから2003年までに作ったデータの総量(5エクサバイト)を、2010年時点では2日間で生み出していると指摘した。
藤川氏は、「マズローの欲求5段階説も改定が必要だ」と述べて会場を笑わせた。欲求のうち最も下段に位置する生理的欲求(水や食事など)よりも下にWi-Fi(無線LAN環境)がある。さらにその下に、スマートフォンを充電するバッテリーがある。デジタル時代では、Wi-Fiとバッテリーは、水や食事よりも基本的な欲求となるというジョークだ。