NECグループのNECソリューションイノベータは7月9日、ヘルスケア事業の加速に向けて新会社「フォーネスライフ」を設立すると発表した。資本金2億円でNECソリューションイノベータが100%出資し、10人体制でスタートする。米SomaLogicと協業し、同社が持つ血中タンパク質の解析技術を活用してNECグループの人工知能(AI)技術や解析技術を組み合わせ、疾病リスクや健康状態を可視化し、個人に合った健康支援サービスを提供するとしている。
具体的には、SomaLogicが持つ少量の血液で大量の健康データを取得できる次世代血液検査プラットフォームを活用する。75μlというわずか数滴の血液で5000種類の血中タンパク質濃度を一度に測定し、健康に関する大量のデータを取得、医療機関を通じて健康状態の推計、循環器疾患、投入病、肝疾患、肺疾患、腎疾患、認知症など50以上の対象疾病のリスク予測、健康改善に向けた個別提案などを行う。
新会社のベースとなる協業での技術面のイメージ
SomaLogicでは、タンパク質データと健康ナレッジデータベースを蓄積しており、20万人の血液を活用して50以上の疾病リスク予測を研究、これを活用することになる。「5年後に倒れるということが、今日の血液で分かる。それを回避するための予防措置がとれる。現時点で、70%以上の正解率になっている」(フォーネスライフ CTOの和賀巌氏)とした。同社は2000年に設立され、現在の社員数は195人、売上高は3218万ドル。製薬企業、研究機関と共同で行う血液タンパク質測定事業などを展開し、482件の特許を持つ。NECとは、2010年8月に資本提携を発表している。
SomaLogic CEO(最高経営責任者)のRoy Smythe氏は、「NECとの提携で次のステージに入る。日本人の健康を生涯にわたって守り続け、より健康的な未来を実現できる。ヒトゲノム情報だけでは時間経過を観測できず、われわれが目指す目標に到達できない。だが、タンパク質の測定で健康状態や疾病が将来についても予測できる。当社は5000種類を測定で、従来の検査では調べられなない疾病リスクも見られる。世界をリードする測定プラットフォームを開発し、日本がこのメリットを最初に享受する。将来的にはがんなどにも活用したい」と述べた。
SomaLogic CEOのRoy Smythe氏
当初は、NECソリューションイノベータとフォーネスライフがSomaLogicの技術を日本で活用すべく、研究機関と共同で日本人向けの疾病予測アルゴリズムを確立する。フォーライフのアドバイザーとして、国際医療福祉大学副大学院長 兼 東北大学医学系研究科客員教授の下川宏明氏、京都大学医学研究科附属ゲノム医学センター長・教授の松田文彦氏、東京大学医学系研究科リピドミクス社会連携講座特任教授の小田吉哉氏が就任し、共同研究を行う。
下川教授は、「一人ひとりに最適な支援を行うことで、夢のあるヘルスケアサービスを提供できる。臨床分野のアドバイザーとして助言する」とコメント。松田センター長は「大部分の病気は遺伝と環境が影響する。環境を把握することは難しい。今回の技術および解析力は、新たな予防医療を開く大きなツールになる。革新的な予防法、治療法を開発したい」とし、小田教授は「無症状の段階から血液や尿を使って健康状態を表す客観的な指標があれば、病気の発見が遅れない。健康増進だけでなく医療経済にも貢献できる」と述べた。
フォーネスライフでは、血中タンパク質測定による健康状態の可視化および疾病リスク予測サービスを提供する。血中タンパク質の解析結果と日本人向けの疾病予測アルゴリズムを組み合わせ、心血管および脳血管疾患の再発リスクを予測して、改善策を提案するサービスを開発するという。同サービスは、提携する医療機関などを対象に10月から提供し、数万円程度で利用できるという。
個々人に提供されるレポートのイメージ(開発中のもの)
さらに、健康支援サービスを開発する。SomaLogicの技術と日本人向けの疾病予測アルゴリズムを活用して、ヘルスケア企業や団体が提供するサービスの品質向上や、新たなサービスの共同開発および提供を行う。ここでは異業種との連携を推進し、フィットネスクラブとは疾病リスクの低下に向けたパーソナライズトレーニングメニューを用意。食品や美容業界ではエビデンスに基づいた化粧品開発を実施する。ツーリズムでは、学術的に血流の改善効果が認められる温泉やお食品などの嗜好(しこう)ツアーを企画し、「血液サラサラの名所めぐりができる」といった提案を行う考えなどを示した。
フォーネスライフ 代表取締役の江川尚人氏は、「フォーネスライフの社名は、『命の声』の意味を持つギリシャ語と英語を語源にしている」とし、「現在と将来の健康状態や疾病リスクを可視化し、一人ひとりに適した改善策と実行結果の予想を示すことで、自発的な行動変容を促せる。誰も病気にならない未来、誰もが自分らしく生きられる社会の実現を目指す」と意気込みを語った。また、今後は心血管・脳血管疾患(初発)、認知症などに対象疾病を広げるほか、提携先を拡大し、事業者や医療機関、研究機関をつなぐエコシステムを構築してヘルスケア以外の業種、業界の企業ともパートナーシップを組みたいとする。
フォーネスライフは、2029年度に国内で300億円以上の売上高を目指すほか、ヘルスケアITソリューションの展開やパートナー企業との合弁などで400億円、東南アジアへの展開で約300億円を計画しており、これらを含めて2029年度に1000億円の売上高を目指す。また、株式上場も目指すとした。
なお、新型コロナウイルスの感染防止への応用に関してSomaLogicのSmythe氏は、「タンパク質の側面から世界各国の製薬会社やワクチン開発企業に協力している。感染していない人あるいは感染した人が重症化するリスクがどれぐらいあるのかといった予測ができるだろう。感染しても重症化リスクが低いと分かれば、誰から先にワクチンを接種すべきか、という点でも支援できる。NECとの協業も新型コロナウイルスの観点で役に立てるのではないか」と展望を話した。
NECソリューションイノベータは、近年AIなどの先進ICTを活用したヘルスケア領域での事業展開に注力。健診結果予測やメンタルヘルス、睡眠などの領域において、ICTを活用したヘルスケア関連サービスを提供し、医療機関、研究機関、事業者をつなぐエコシステムの構築を進めている。NECも電子カルテシステムや地域医療連携サービス、医療事務/DPCシステム、データ活用システムとともに健康や介護などを対象にしたヘルスケア事業に取り組み、新型コロナウイルスのワクチンの設計に向けて、AI予測技術を活用した遺伝子解析の結果を公開するといった成果も挙げている。
会見するNECソリューションイノベータ 代表取締役執行役員社長の杉山清氏(左)と フォーネスライフ 代表取締役の江川尚人氏(NEC提供)
NECソリューションイノベータ 代表取締役執行役員社長の杉山清氏は、「ヘルスケアを重点分野の1つとし、ICT活用で個々人の行動を変え、健康寿命の延伸や健康長寿社会の実現に取り組んでいる。約10年間バイオインフォマティクスに注力し、人工DNAデザイン技術やAIを活用した健診結果予測シミュレーションなどにも取り組んでいが、それぞれが独立したサービスでヘルスケア事業の中核となるピースが欠けていた。この課題を解決してヘルスケア事業を加速するのが今回の新会社となる。人生100年時代と言われる中で健康寿命の延伸に必ず貢献できる」と述べた。