中国でネット大手などが人工知能(AI)事業に着手してから年月が経過した。その成果として、障害者や貧しい人など社会的弱者を救済するソリューションが出てきたので幾つかまとめて紹介したい。
AIに社運を賭け、自動運転車やスマートスピーカーに注力する百度(バイドゥ)は、「百度AI助盲行動」というアクションを起こしている。これは文字通り、視覚障害者をAIで助けるアクションだ。対象は中国各地にある「盲人按摩」と呼ばれる視覚障害者が働くマッサージ店だ。
上海のマッサージ店「感智盲人按摩」に同社製のスマートスピーカー「小度」(シャオドゥ)とスマート家電を寄贈した。スマートスピーカーに「シャオドゥ、シャオドゥ」とウェイクワードを呼びかけて、家電を音声で操作させることにより、店内でのライトのオンオフやエアコンの設定やテレビの操作やカーテンの開閉を音声で行うことができるようになり、視覚障害者による店内の家電操作の効率は大幅に改善した。家電が操作できるだけでなく、音楽をかけたりして休憩のときにリラックスできるようになったとしている。その後、対象は広州、成都、鄭州、西安、太原、青島に拡大し、1000台以上のスマートスピーカーを寄贈、さらに2020年には40都市に拡大したという。
障害者向けの学校もバイドゥがAIでサポートする。学校向けには図書室にシャオドゥを寄贈。スマートスピーカーに本を朗読させたり、質問したりできるようになる。また聴覚障害者に対して手話翻訳アプリ「听障儿童手語翻譯小程序」を開発した。これは、文字を読み取って解釈し、バーチャルキャラクターが手話で表現するという世界初(リリース当時)のミニアプリだ。文字をそのまま読めばいいのではないかと思うが、そうではない。子供向けではない文章を読めるようにして、それを手話形式にして分かりやすくしたものだ。
陝西省には、発達異常により27歳で1メートル30センチで成長が止まっている劉氏という男性がいる。劉氏はこれまで仕事や学業で恵まれていなかったが、阿里巴巴(アリババ)らによる「AI豆計画」の恩恵でマシンラーニング(機械学習)のデータ入力を行う「人工智能訓練師」となり、AIを鍛える仕事をするようになった。劉氏の仕事は大量の画像それぞれにタグを付ける仕事だ。
この成果が阿里巴巴のEC(電子商取引)サイト「天猫」(Tmall)の自動フィルタリングの性能向上につながり、11月11日の中国最大のセール「双十一」(ダブルイレブン、単身の日)にも反映されるということで、劉氏はやる気を感じている。この仕事は平日だけなら月3000元(約45000円)、土日も働くなら月4000元(約6万円)の収入が得られるという。
アリババのAI豆計画は、内陸の貴州省を皮切りに中国全土の貧困地域で実施されていて、人材募集とトレーニングを行い適性ある人々を就業させている。劉氏のように体に障害があるケースは地域にもよるが1割程度で、一番多いのが子供の面倒を見なければいけないため外に働きにいくこともできず収入源がない主婦だ。PCだけあれば在宅作業ができることから、家事をしながらの勤務が可能だ。
都市から遠い農村において少ない投資で勤務環境の導入が可能で、導入のハードルは低く、環境を悪化させることもなく、効果の良い対貧困政策だと担当者は胸を張る。以前、PCのオンラインゲームで経験値やアイテム稼ぎを中国の都市部や外国から依頼され、中国の農民が農村でひたすら遊び続ける「ゴールドファーマー」という職があったが、それよりはずっと健康的だ。2020年は1万人を超える人がトレーニングを受け、3000人を超えるスタッフが中国全土でリモートワークをする予定だ。
AIを強化する中国ではAIにより便利になる一方で、弱者も恩恵を受けている。貧困撲滅と科学立国を目指すことから、2021年も紹介した動きが強化され中国全土で試験地域が増えそうだ。
- 山谷剛史(やまや・たけし)
- フリーランスライター
- 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。