教育IT“本格始動”

教育IT“本格始動”--翻弄され続けた教育ITの10年間

武田一城

2019-09-06 06:00

 引き続き「教育IT」シリーズとして、今回はこの10年間の教育現場におけるIT環境でどのような変化が起こったのかを述べていきたい。

 現在、日本のどの産業においてもIT導入はごく当たり前の風景になっている。例えば、IT化とは一番遠いイメージを持たれがちな農業でもIT化が進んでいる。ドローンによる農薬や肥料の散布は珍しくなく、センシング技術を駆使した最先端の農業工場では、最適な育成環境を保ちながら非常に質の高い農作物が栽培されてもいる。また、その昔に「オフィスオートメーション(OA)」や「ファクトリーオートメーション(FA)」と呼ばれた分野は、IT化によってさまざまな業務の精度やスピードを向上させた。そして、現在までの数世代にわたりブラッシュアップを続けている。

 そんなIT化の広がりにおいて、最後に残った秘境のような分野がここ数回の記事で述べてきた教育だ。現時点の教育は、個別のカリキュラムや範囲などの改変が数多くなされてきたものの、教え方(や学び方)自体はこの数十年に大きな変更はなかったように思われる。筆者も子供たちの授業参観やPTA活動などで学校に行く機会は度々あるが、自分が教育を受けた25~30年前からほとんど変わっていない。しかし、本連載で述べてきたように教育ITが本格的に普及していけば、その様相は大きく変わる。今回は、その教育ITのために必要不可欠な設備の導入について、この10年間の状況を記してみたい。

教育ITの発端となった「スクールニューディール政策」

 大学など高等教育におけるIT化の歴史は古いが、小中学校へのIT設備の導入の発端となったのは、10年ほど前に打ち出された「スクールニューディール政策」だという。この政策は、2009年4月に政府がまとめた「経済危機対策」において示された構想であり、地域経済への波及効果や地域活性化なども盛り込まれ、そこで示された「21世紀の学校」にふさわしい教育環境の抜本的充実を図ることを目的としていた。

 具体的には、学校耐震化の早期推進や太陽光発電の導入などエコ推進のための設備改修とともにIT環境の整備が盛り込まれた。その結果、2009年の補正予算でこの構想を実現するために4900億円が計上された。これには、従来の国庫補助に加えて地方に向けた臨時交付金が盛り込まれており、地方公共団体の財政事情にも配慮していた。当時はこの政策によって、教育ITの設備投資が精力的に推進されていくものと思われた。

 しかしながら、結果的に教育分野のIT環境の整備という観点では大きな進展が見られなかった。最大の要因は、耐震工事や太陽光発電システムのような設備を優先させる自治体や教育委員会が多かったことだ。これには、災害などがいつ起こるか分からないといった事情もあり致し方ないだろう。加えて、「教育IT」といっても具体的に何を購入して、どう運用すれば教育ITが有効に機能するのかということが、現場も含めてほとんどイメージできなかったこともあるだろう。ITに限らず、そのことを深く理解して全体を構想できる人がいなければ、(特に目に見えないものを具現化して)成果を出すのは難しい。

 こうした背景から、目に見えて学校の教室が変わったことといえば、ブラウン管のテレビが薄型の液晶テレビに変更されたことぐらいだ。テレビが教育ITの設備といえるかは微妙だが、ちょうどテレビの地上波放送がアナログからデジタルに切り替わるタイミング(2003~2011年)だったこともあり、予算を捻出しにくい自治体などには渡りに船だったと言える。その他、政府から各自治体や教育委員会への通達の遅れといった実務上の課題も少なからずあり、思ったような成果を挙げられなかったと言える。

 また、IT化が多少進んだ学校でも、電子黒板のようなモノは購入できても、ITの運用や設備導入後の活用方法まで計画を詰め、運用サイクルを回す段階にまでは到達できない学校が多かった。教育現場の多くの方々はみんなITの素人であり、ITシステムを自分で導入したことがない。教育現場は非常に多忙で、ITの導入支援を行うような人的リソースへの配慮はほとんどなく、ごく限られた時間で現場にそれらを要求するのは、そもそも無理だろう。

 その結果、地方自治体や教育委員会などでは、購入するテレビの大きさなどの各論ばかりが検討の中心となった。用途が確定していないのに電子黒板を暫定的に購入するような学校も散見された。現在、それらはほとんど利用されなくなった50インチ級のプラズマディスプレイ型だ(2019年時点の電子黒板は、既存の黒板上部に据え付けられた短焦点のプロジェクタータイプが主流)。教室は家庭と違い、ディスプレイサイズが50インチではあまりにも小さ過ぎた。ほとんど利用されないまま倉庫で寿命を迎えてしまったものも多いと思われる。

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