山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

新型コロナ禍における中国でのAI活用法--医療業界で存在感を増すネット企業

山谷剛史

2020-05-26 07:00

 新型コロナウイルス対策でさまざまなテクノロジーが活躍した。人工知能(AI)もその一つだ。中国の有力AI企業と新型コロナ禍の具体例を紹介する。

 科大訊飛(iFlyTek)という企業が安徽省合肥にある。音声AIに強い企業で、音声入力IME(入力メソッド)やスマート翻訳サービスを提供するほか、学校・企業・組織での音声入力機器やスマートスピーカーなど幅広い製品に同社の音声AIエンジンが搭載されている。

 同社は音声AIを用いた「疫情随訪機器人」を開発した。人間に代わってAIが電話をかけ、自然な会話で相手と会話をしながら各人の状況を把握して情報を整理するというものだ。電話を受けるとスマートスピーカーが自発的に話しかけてきて、その日の行動の履歴や体調について聞いてくるといったイメージだ。

 また同社は、エレベーターでのボタン操作は感染拡大につながりやすいとされる中、音声で操作するシステムを開発した。さらに、自社の翻訳エンジンを用いて、中国発の新型コロナウイルス情報を各国語に翻訳し、外国人スタッフの仕事量を減らした。サポートセンターでAIに受付の役割を担わせたり、バーチャル司会者にその日のニュースを語らせたりした。

 浪潮(inspur)は山東省済南にあるサーバー製品やクラウドサービスで有名な企業だ。同社は、医薬品の処方せんデータをAIに学習させ、医師が書いた処方せんをAIでチェックすることでミスを減らすという取り組みを行っている。

 依図(YITU)は上海にあり、画像系AIで特に実力のある中国企業の1社だ。CTスキャンの映像から新型コロナウイルスをAIで素早く発見する「胸部CT新型コロナウイルス肺炎スマート評価システム」を開発。政府が早く導入するよう病院に指示したこともあり、多くの病院に無料で提供されたという。現在中国全土の50を超える医療機関で導入されている。一部の新型肺炎重点病院では、1日当たり1000件を超えるCTスキャンの画像確認が必要であり、多くのスタッフは多忙によって疲弊し、また検査精度にムラが発生していた。AIの導入によって画像確認の時間が大幅に短縮されただけでなく、精度のムラもなくなったという。

 阿里巴巴(Alibaba)の研究院「達摩院」では、DNA分析により新型コロナウイルスを発見するAIを開発。同社のある浙江省疾控中心(感染症対策センター)で運用された。

 中国で有力なAI企業として名前が挙がる北京の「曠視科技(MEGVII)」や広州の「雲縦科技(CLOUDWALK)」は、サーモセンサーで体温を測定する際にマスクや帽子の着用によるエラーをなくし、誤差を減らすAIを開発した。新型コロナ対策で最も多かったのが、体温測定に関するAIだ。曠視科技と雲縦科技は普段の実力が買われ、空港や駅舎など重要な場所に導入された。

 曠視科技は、帽子やマスクなどを着用した人体モデルを多数用意して、おでこの位置を判別できるようにAIを学習させたという。同社のAIが導入されたサーモセンサーでは、毎分300人の高精度な体温測定が可能になった。これは手作業の50倍の速度だという。通行人がマスクや帽子を着用しても体温が測定できることから、検査用の人員を配置する必要がなく感染リスクを低減できる。またマスク着用の有無もAIで判断し、マスク未着用の通行人に対して警告を行うとしている。

 今回紹介した数々のAIは、ここに挙げた企業だけで完結するものではなく、阿里巴巴や騰訊(Tencent)、華為(Huawei)などが提供するクラウドサーバー上で運用されていることも忘れてはならない。

 ところでスーパーなどの小売業界でも、異業種の阿里巴巴が「ニューリテール」の合言葉とともに、次世代スーパー「盒馬鮮生(Fresh Hippo)」を展開している。ネット企業が小売業界を変えた例の一つだ。医療業界でも同じように、ネット企業が存在感を示して難局を乗り切ろうとしている。

 民間のネット企業の努力だけでなく、AIを医療に導入して災害に対峙する方針を政府が示したことも背景にある。中国政府の情報産業省に当たる工業和信息化部は2月4日、新型コロナウイルスの拡大に対し、AIを積極的に活用することを記した「充分発揮人工智能賦能効用 協力抗撃新型冠状病毒感染的肺炎疫情 倡議書」を発表。具体的にはウイルス発見や被害拡大防止やワクチンなどの開発にAIを活用するよう命じていることが記されている。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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