大手システムインテグレーター(SIer)のTISがシステム開発型からサービス提供型への事業構造の転換を加速している。2018年4月にスタートした10年後の企業像を描いた「グループビジョン2026」の実現に向けて、2021年4月から第二段階の中期経営計画に入ったところだ。その核となる施策の一つが、顧客接点のフロントラインを強化し、社会課題や経営課題を解決するサービスを拡充していくこと。これら施策によって、営業利益率を2020年度(2021年3月期)の10.2%から2023年度(2024年3月期)に11.6%に向上させるとともに、売り上げを2020年度の4483億円から2023年度に5000億円にする。2018年からサービス事業の推進に当たり、4月に社長に就任した岡本安史氏に今後の展開を聞いた。
TIS 代表取締役社長の岡本安史氏
これまでのシステムインテグレーション(SI)業界は規模拡大を走り続けた。多重階層構造の頂点に立つ多くの大手SIerは、大型案件をこなすために必要な大量のIT人材を確保し、売り上げを増やす人月ビジネスを展開していた。だが、ユーザー企業のIT部門から要件を聞き、仕様を固めてシステムを開発、運用する受け身の姿勢がSIerの弱点になってきた。「ITは作るものではなく、使うもの」と考えるエンドユーザー部門の台頭がSIerを困惑させた。クラウドサービスの普及も進む。
そうしたことが、SIerに構造転換を促しているのだろう。具体的には、これまでの受動的な体質から能動的な体質に変え、企業や団体、社会などが求める課題を解決するITサービスやソリューションを開発、提供することだ。TISはそんなサービス作りを「先回り」と呼ぶ。同社自身が先に投資し、ユーザーや社会が求めるサービスやソリューションを開発、準備しておくからだ。
グループビジョン2026はそんな取り組みを推し進めるもので、岡本社長は「最低でも10年の仕事になる」と2018年当時に思っていたという。そのため、ユーザーと接し、新しいビジネスを創出するフロントラインのビジネスイノベーション事業部(現ユニット)を立ち上げて、新しいビジネスを生み出したり、共同で事業会社を設立したりする4つの事業領域を設定した。岡本社長は「(ビジネスの)サービス化は自然な流れ」とし、同事業部だけではなく、社長や役員、幹部にもそれぞれの立場でコミュニケーションの機会を作り出し、ユーザーの経営課題や社会課題を学び、先回り作りを心掛けるよう促す。フロントラインの強化ということでもある。
事業領域の一つは、事業戦略をユーザーと一緒に検討、推進するストラテジックパートナーシップビジネスだ。三菱UFJ銀行と共同事業の「トークンリクエスタ代行サービス」や、日本カードネットワークと合弁で設立した店舗運営事業者向けプラットフォームなどを手掛ける「tance」などがある。
2つ目は「ITオファリングサービス(IOS)」と呼ぶ、自前で開発したサービス商品になる。労働集約から知識集約への転換を図るもので、デジタル決済プラットフォーム「PAYCIERGE」や、財務諸表入力業務や財務診断業務を支援する与信管理ソリューション「SCORE LINK」、電力の料金計算などエネルギー業界向けソリューションなどをそろえる。
3つ目は、IOSに業務サービスを付加したもので、グループ会社のアグレックスが提供するBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービスになる。4つ目は、TIS自らが事業主体になり、新しいビジネスを展開する「フロンティア市場創造ビジネス」だ。健康活動サポートアプリ「ASTARI」や沖縄などで手掛けるMaaS(Mobility as a Service)事業などがある。IOSにもあるPAYCIERGEはこの領域にも該当するという。
これら4つの事業領域の売上構成比は、2020年度の総売り上げの51%から2023年度に60%に引き上げる。利益率は公表していないが、2018年度からの3年間はサービス開発の先行投資という準備期間と位置づけているので、2021年度以降に大きな成果になると思われる。
その先行投資は2018~2020年度の3カ年に約800億円で、この中に約20社の合併買収や資本出資に436億円を振り向けた。量子コンピューターのソフトウェアを展開するシンガポールのスタートアップEntropica Labsやスーパーアプリを提供するGrabなど東南アジア企業との資本・業務提携も含まれている。2021~2023年度の3年間の先行投資は1000億円に増やし、業界プラットフォームなどのソフトウェア開発や新規市場の開拓、人材育成・獲得を強化する。そのうち約700億円を合併買収などに割く計画だという。
岡本社長は、SI市場はなくならないと考えている。「SIとサービスが共存するイメージ」だという。顧客に対応するSIer、プログラミングを担うパートナー企業などの階層構造は残るということだろう。「ITシステムをきちんと作り上げるのは重要なこと」とし、その経験と技術向上を怠らない。重要視する要素が、あるときは品質に、あるときはスピード感などとなり、アプローチの仕方や手法が異なり、プロジェクトに関わるパートナー企業を選択する。求める技術者のスキルも変わる。
確かにSIはなくならない。しかし、その需要は減少するだろう。「日本のマーケットがこのままいくのか不安感もある」(岡本社長)。2026年度に売り上げ1000億円を目指し、東南アジアを中心とするグローバル事業の強化に乗り出したのは、そうしたこともあるのだろう。岡本社長は次にどんな構造改革施策を打ち出すのだろう。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。