「アップルは『ダブルアイリッシュ付きのダッチサンドイッチ』として知られる会計手法の先駆者。この手法——アイルランドの複数の子会社からオランダを経由してカリブ海(のタックスヘブン)に利益を迂回させるこの節税策は、今日何千社という企業が採用しており、なかにはアップルのやりかたをそっくり真似ているところもある(と、これらの会社の税理士は述べている)」(註1)
「アップルは、他の多くの多国籍企業と同様、完璧に合法的なやり方で利益の相当部分が米国税庁(合衆国内国歳入庁:IRS)の手に渡らないようにしている … 米国でいちばん儲かっている企業が少ししか税金を払わなければ、その分のツケは一般の人々にまわってくる」(註2)
「アップルや他の多国籍企業が採っている税金逃れの戦略により、米国だけでなくドイツやフランス、英国などの税金も最小限のものとなっている」(註3)
——New York Times(以下、NYTimes)がアップルにからみ続けている。
1月の雇用をめぐる「iECONOMY特集」——「米国(雇用の海外流出)」と「中国(での労働条件)」という問題を扱った2つの記事で、野球でいえば「バッターの胸元に投げ込んだ」と思った速球が、ティム・クックCEO指揮下のアップルに難なく打ち返されてしまった格好となり、おまけにNPRの「マイク・デイジー(脚色)スキャンダル」まで発覚したことで、「こうなると報道機関は滅多なことではアップルにかみつけなくなるな……(しっかりと裏付けをとった調査記事でもない限り……)」と、私なぞはすっかりそんなふうに思い込んでいた。
ところが、である。
そのしっかりと裏取りした記事「Apple's Tax Strategy Aims at Low-Tax States and Nations」をNYTimesが新たに繰り出してきた。iECONOMY特集の第三弾となるこの記事、しかも題材は税金——「節税策に工夫を凝らして、米国の法人税だけでも1年に推定24億ドル(1ドル80円換算だと1920億円)も圧縮した」という主旨の話で、1月の記事と同様、『The Power of Habit』の著作もあるチャールズ・ダヒッグ(Charles Duhigg)が筆頭記者としてクレジットされている。
冒頭の引用はいずれもこのNYTimes記事(4月29日付)のなかに出てくるもの。今回は、前回の話(「税金を払わないIT企業」)の続きとして「Repatriation Tax Holiday」をめぐる経緯などを記さなくてはいけないが、復習の意味も兼ねて、このNYTimes記事を先に紹介することにする。
経済の「グルーバル化」「デジタル化」で後手に回る主権国家
Bloombergが2010年10月に報じた「グーグルのハイパー節税策」の話から、いわゆるRepatriation Tax Holidayの再実施をめぐる議論までを目にしていてかなりはっきりと浮かび上がってきたのは、国境を越えた企業活動(もしくはそのお金の流れ)に対して、税金を徴収する各国政府側での制度設計が破綻している、もしくは限界に突き当たっているということだと思う。
今回のNYTimes記事でもこの辺に触れており、曰く「ロイヤルティ収入やデジタル(配信できるソフトウェアやコンテンツなどの)製品を扱う企業のほうが、食料品やクルマを販売する企業よりずっと簡単に利益をより税率の低い国々に付け替えることができる」とある。また、そもそも「米国のタックスコードが依って立つ考え方」自体がいまの時代に合わなくなっているという示唆もみられる(註4)。
さらに、こうしたハイパー節税策をつかって「株主利益の最大化」にいそしんでいる企業として、アップルやグーグルのほか、アマゾン、マイクロソフト、オラクル、インテル、シスコ、ヒューレット・パッカード(HP)、それにファイザーやハーレー・ダビッドソンなどの名前もあがっている。つまり「特定の企業の行いがどうこう」というレベルをはるかに超えた「構造的なきしみ」と見るほうがおそらく正しいのだと思う。
そうはいいながらも、この税金をめぐる話がいまの状況でとくに波乱の芽を含んでいると思えるのは、いうまでもなく多くの国が財源の確保や予算繰りに四苦八苦し、あるいは緊縮財政による不景気や税金負担増に対する有権者の不満が高まっているからだ(註5)。また、テクノロジー系多国籍企業の多くが本社をおく米国でも事情は五十歩百歩といったところのようで、積極的な財政出動を実行してきたオバマ政権に対する風当たりがこのところいちだんと強まっている(註6)。
そういう政局を見据えた短期的な流れと、インターネットの普及によってとくに加速した経済のグローバル化といった中・長期的な流れが交わった地点で生じているこの摩擦、21世紀に相応しく一筋縄ではいかない厄介さをはらんでいると思う(註7)。(次ページ「米テクノロジー企業の決算報告は茶番の域に達した」)
註1:ダブルアイリッシュ付きのダッチサンドイッチ
Apple was a pioneer of an accounting technique known as the "Double Irish With a Dutch Sandwich," which reduces taxes by routing profits through Irish subsidiaries and the Netherlands and then to the Caribbean. Today, that tactic is used by hundreds of other corporations - some of which directly imitated Apple's methods, say accountants at those companies.
註2:節税のツケは一般の人々にまわってくる
"Apple, like many other multinationals, is using perfectly legal methods to keep a significant portion of their profits out of the hands of the I.R.S.," Mr. Sullivan said. "And when America's most profitable companies pay less, the general public has to pay more."
註3:税金逃れの戦略は世界規模に
"This tax avoidance strategy used by Apple and other multinationals doesn't just minimize the companies' U.S. taxes," said Mr. Kleinbard, now a professor of tax law at the University of Southern California. "It's German tax and French tax and tax in the U.K. and elsewhere."
Other tax experts, like Edward D. Kleinbard , former chief of staff of the Congressional Joint Committee on Taxation, have reached similar conclusions.
註4:税制が今の時代に合わなくなっている?
The nation's tax code is based on the concept that a company "earns" income where value is created, rather than where products are sold.
註5:高まる有権者の不満
オランダのように政権が倒れたり、フランスのように現職大統領が再選を危ぶまれたりしているから。あるいは大きな選挙のない英国でも、キャメロン首相にむかって「彼奴は牛乳の値段もしらない」といった批判が党内からでる始末。
註6:オバマ政権に対する風当たりが強まっている
大統領の護衛にあたるシークレットサービスをめぐる一連のスキャンダル——「エルサルバドルではストリップクラブに出かけていた」「コロンビアでは娼婦と遊んでいた」「ビル・クリントンの時代には、モスクワでもストリップクラブで遊んでいた」といったものから、オバマ大統領に対する「実質的な選挙運動のための出張でエアフォースワンを飛ばすのはいかがなものか」など、すべて財政均衡とは大きく乖離した現政権に対する批判とみることができる。
註7:税制には21世紀に相応しい厄介さがある
米国で最後に大幅な税制改革が行われたのが1987年というのが示唆的である。