受託ソフト開発など伝統的なSI(システムインテグレーション)ビジネスが大きな転換期にある。クラウド化とデジタル化の急速な進展がビジネスモデルの変革を迫っているからだ。人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)など先端技術を駆使した新興勢力も、既存ビジネスを脅かす存在に成長する。
そんなSIビジネスを展開するSIer(システムインテグレーター)の業界団体、情報サービス産業協会(JISA)の会長として2019年6月に就任した原孝氏は「一丁目一番地は人材育成」と、いの一番に最重要課題に掲げた。
業界大手が会長に就くことが多かったJISAが、売上高約110億円のリンクレア 特別顧問の原氏を選んだ理由はそこにあるのだろう。「私の就任は(JISAの)トランスフォーメションだ」と、原氏は改革に取り組む決意を語る。
JISAの会長に就任した原孝氏
数字から見た好調なSIer、明るい未来なのか
原氏は「数字から見ると悪くはない」と、JISA会員企業約600社の合計売り上げ約9兆5000億円、営業利益率約7%という数字を示す。SI需要の縮小がささやかれる中で、過去5年間に売り上げを約1兆5000億円も伸ばした。だが、NTTデータなど大手企業の増収によるところが大きく、多くの中堅中小企業は伸び悩み状況にある。原氏は「手放しでは喜べない」と、新しいビジネスモデルの議論の必要性を感じているようだ。
その前に取り組むのが人材育成になる。AIやマイクロサービスなど先端技術そのものは国内外のITベンダーに依存するので、その応用を「自分で考え、自分で決断し、自分で実行する世界で戦えるITエンジニアを育てる」という。彼ら彼女らに「自分をいかに強くするか」といった個の力を蓄えてほしいということでもある。
人材育成に他流試合を取り入れる。ユーザー企業や同業者などに出向いて、彼らの業務や進め方などを学ぶこと。社内の仕事だけに埋没させないためでもある。そこで、JISAがそのチャンスのほとんどない中小企業に場を用意する。
例えば、100社100人による2泊3日の合宿で、あるテーマを議論し、ビジネスモデルを創り上げる。「合宿は自分の強さ、他人の良さを理解し、1つの価値を創り出す訓練になる」と話す。地方でも人材育成に関するイベントを計画する。
懸念は、参加者が大手ばかりになること。「大事な仕事があり、優秀な人材を外せない」と、ITエンジニアの成長のチャンスを奪う経営者がいるだろう。確かに、人材不足や採用に苦戦する中小企業は少なくないが、それでも「中堅中小の経営者が本気で覚悟をもって取り組んでほしい」と原氏は説く。
「中小企業の活躍こそが日本企業のIT活用の進展になる」と筆者も信じている。中小企業の挑戦がIT産業を活性化させる。なのに、中小企業を下請けと思っている経営者がいる。意思決定力や実行力の乏しい経営者もいる。彼らに中小企業の成長を邪魔しないでほしい。
そんなJISA会員の中で、リンクレアは売り上げで150~200位という中堅企業になる。「このクラスにチャンスがある。成功の法則はないので、考えたらトライする。経営者はそのリスクを負う」と、原氏は発破をかける。
平成はSIerの時代だったが、令和は誰の時代か
ITエンジニアを目指す若者も増加しているという。ある調査によると、中学生が将来なりたい職業の上位にランクインする。高校生でも10位以内だが、「中高生が考えているITエンジニアと、SIerのSE(システムエンジニア)が合っているのかは疑問だ」という。彼ら彼女らがイメージするのは、GoogleなどのGAFAだろう。華やかなAIなどのスタートアップ企業かもしれない。要件定義から設計、開発、テスト、運用、保守という作業とは思ってもいないだろう。
そのためかどうか分からないが、伝統的なSIerを辞めるITエンジニアが増え始めているという。「当社にもいる。入社前のイメージと現実が違うこともあるだろう。組織なので、上司から『これをやれ』『あれをやれ』と指示される。それを何年も続けていると、ワクワク感がなくなっていく」と原氏は話す。ユーザーに言われた通りの作業をこなすことに、面白みはだんだんなくなるということだろう。
ところが、JISAの調査(情報サービス産業白書2019)によると、ワクワク感のあるITエンジニアが半数以上もいる。「確かに調査結果はそうだが、本音はどうか分からない。怒られるのが嫌で、小さくなっている人もいるだろう」
そこで、原氏は「面白いことをやること」を提唱する。ITエンジニアが生き生きと仕事に取り組まなければ、ユーザーが期待した以上のシステムは作れないからだろう。
面白いとは1日1回、新しいことを発見し、いろんなことに気づくこと。他流試合でも、プロジェクトでも、ボランティア活動でもいい。「プロジェクトに埋没するのは危険なこと」とし、原氏は仕事を8割にし、残り2割をボランティアなど会社以外の時間に割くことを示唆する。ITを通じて価値や社会に役立つ目線を養うことでもある。それを可能にするのは、経営者の責任になる。
SIビジネスは、コスト競争から価値の競争になっていくと言われている。しかも価値は開発以外にある。旺盛な需要があった平成はSIerの時代だった。令和はその延長線でにはない。その認識から新たなSIビジネス創りが始まる。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。