展望2020年のIT企業

“富士通デジタル”の社長人事を占う

田中克己

2019-10-02 07:00

 富士通がSI(システムインテグレーション)を中核事業とする伝統的なIT企業と、デジタル技術を駆使したDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する企業に分ける。後者について同社は、2020年1月に新会社を設立する予定だ。時田隆仁社長が9月26日の経営方針説明会で、「DX企業は富士通の一部門ではなく、自立したコンサルティング会社になる」と語り、DXの新会社については、伝統的なIT企業の影響力が及ばない組織にすることを明かす。組織構造や人事制度などを、これまでの富士通とは異なる新しいデジタル時代に相応しいものにするということだろう。

 その新会社を「富士通デジタル」と呼ばせてもらう。同社のデジタルビジネスを成功に導くためのカギは、少なくとも2つある。1つは社長人事だ。時田社長は「出島として切り離すかどうか激しい議論」になった結果、“出島”モデルになったという。収益源のSI事業の引力に引っ張られたら、DX企業を立ち上げる意味が薄れてしまうからだろう。しかし、時田社長ら現執行役員以上の実行力、決断力を持った人物を社長に据えられるのだろうか。気になるのは、創造的破壊に取り組む覚悟を持った人物を見つけられるかということだ。

 実は、“出島”モデルを実践したIT企業がある。売り上げ約3兆円、従業員9万8000人を擁し、ドイツに本社を置くERP(統合基幹業務システム)事業などを展開するSAPだ。創業50年近い同社はERPで大きな成長を遂げたが、クラウド対応に出遅れるなどで新規顧客の獲得がだんだん減った。良いモノを作れば売れる時代ではない。顧客の価値観も変わり、ERP一本の成長が難しくなってきた。

 そこで、SAPは既存ビジネスと新規ビジネスの両方を手がける両利き経営に向かう。課題は既存事業部門に新規ビジネスの立ち上げを妨害させないようにすること。新規ビジネスが既存事業のビジネスを脅かすと分かったら、間違いなく妨害する。そこでSAPは新規ビジネスのオフィスを本社から離れたシリコンバレーに設置する“出島”モデルにした。シリコンバレーには、イノベーションを起こすスタートアップやエンジニアもたくさんおり、彼らとの協業や取り組みを学べる。

 “出島”モデルは場所だけのことではない。約4500人を配置したシリコンバレーの新規事業の責任者を会長、既存事業の責任を社長という役割分担にした。「異邦人も採用する」(SAP幹部)。分かりやすく言えば、ドイツ人で一生、SAPに勤めている社員だけでは新しいビジネスを創り出せないので、ダイバーシティーを実行する。若手も積極的に登用する。例えば、Christian Klein氏は2016年に36歳でCOO(最高執行責任者)に就任した。

 結果、SAPの売り上げはこの10年に倍増する。かつて9割を占めたERPの売り上げは約4割に下がり、シリコンバレーを中心にした新規部隊が生み出したビジネスが収益を稼ぎ出す。SAP幹部は「この数年で生まれ変わった」と嬉しそうに語る。

 実は、富士通が2017年2月、SAPの出島であるシリコンバレーで取締役会を開催したおり、同社オフィスを訪問し、当時の山本正已会長や田中達也社長らはSAPの“出島”などの構造改革についても聞いたはずである。スタートアップを支援するPlug and Playも尋ねている。だが、改革はなかなか実行できなかった。

 そこに急遽登場した時田社長はわずか就任3カ月で、富士通デジタルの立ち上げを決断した。問題は富士通デジタルの社長人事だ。9月26日の経営方針説明会の時点では決まっていなかったようだが、富士通の企業文化にどっぷり染まった人物が変革に取り組むのはなかなか難しいことだろう。外部から登用する。若手を抜擢する手もあるだろう。求められるのは、業種別組織や営業のノルマなどこれまでのやり方をある意味で否定し、デジタル時代の組織や人事などに関して、富士通を気にせずに構築できる人物だろう。

 気になるのは、時田社長自らChief Digital Transformation Officer(最高デジタルトランスフォーメーション責任者:CDXO)」として、DX化や企業文化変革の采配を振るうこと。デジタル化をリードする必要だが、CDXOが富士通デジタルのあり方に口を強く出せば、いずれ阻害要因になることも考えられる。CDXOが新会社社長に就くつもりなのだろうか。

 もう1つのカギは、SI事業の収益を維持すること。デジタルへの投資を確保するためでもある。国内SI市場が縮小する中で、時田社長は国内SI市場のシェア拡大と徹底したコスト削減を図る作戦を採る。具体策の1つが約1万2000人を配置するグローバルデリバリーセンターなどを活用した開発コストの効率化だ。開発の自動化も進める。赤字にならないようプロジェクトのリスク管理もより徹底する。富士通の最大の強みである優良顧客との信頼関係を維持することでもある。

 新会社の富士通デジタルは2020年1月に500人でスタートする。2022年度に2000人体制にし、DXの連結売上で3000億円を目指す。ここには基幹システムのモダナイゼーション、つまりクラウド移行も含まれる。DXで先行するといわれているアクセンチュア日本法人の売り上げは3000億円弱、従業員約1万人とみられている。どんな作戦を展開するのか、時田社長の次の一手に注目する。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。

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