IT企業は言われた通りに情報システムを開発したのに、ユーザーは「求めるものでない」と不満を募らせる。開発費を支払わない、値引きを要求する、さらには訴えるケースさえいる。結果、ユーザーはビジネスチャンスを失い、ITベンダーは経営危機に追い込まれる。そんなSI(システムインテグレーション)ビジネスに未来はあるのか。
福岡県に本社を構える福岡情報ビジネスセンターの武藤元美代表取締役は、得意技など強みを持つITベンダーと協業し、SIを受注するエコシステムを作り上げた。ユーザー向けにITリテラシー向上の研修にも力を入れる。年商10億円超の同社が実現するSIビジネスを見てみよう。
クラウドサービスなどを手がける福岡情報ビジネスセンター
大学卒業後、地元の計算センターに入社した武藤氏は、自動生成プログラムや開発手法、見積もり基準などの開発からSIビジネスの基礎作りにも取り組んだ。日本IBMとの合弁会社であるソリューション・ラボ九州の設立にも参画する。その後、退社し、1998年に福岡情報ビジネスセンター(FBI)を立ち上げて、元請けのSIビジネスを展開する。顧客は上場企業など大手が多く、受託ソフト開発などを手がけるIT企業らと組んで設計から開発を請け負う「受注生産の宮大工」(武藤氏)だという。
58歳になった武藤氏は20代から毎年、米国のシリコンバレー企業やIBMを訪問し、同国の最新技術について情報を収集してきた。オープンソースソフトウェアによるビジネス作りを推進するオープンソース協議会や、開発と運用が連携したシステム開発を実現させるDevOps推進協議会の設立にも加わる。IBMユーザー会副会長も務める。そんな活動が現在のSIビジネスの形成にもつながっている。スマートフォンやタブレットを活用したシステムやEC(電子商取引)サイト構築サービス、クラウドサービスなども提供する。
同社のシステム作りの基本は、「強みを持つIT企業を集めて、コーディネートする」(武藤氏)エコシステムにある。例えば、パッケージ会社やデータセンター事業者、受託ソフト開発会社と組む場合、FBIがシステムのあるべき姿を描くグランドデザインやプロジェクトを推進するPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を担う。ユーザーの立場で、関係するIT企業やITベンダーもマネジメントする。「簡単にいえば、デザインとPMOを担当し、プロを集めてシステムを開発」(武藤氏)するビジネスモデルで、約5年前から始めたという。
ユーザーのITリテラシー向上も支援する
ある専門家によると、IT企業とユーザーがシステム開発で揉める原因の1つに、ユーザーのシステム作りへの参画意識の低さにあるという。ユーザーは「IT企業に頼めば、作ってくれる」と、下請けと見ていることにもある。「ユーザーは見積もりを理解していないので、値引きを要求する。検収もできないのに、『思ったものと違う』と言って、機能追加を要求する」。議事録があっても「言った」「言わない」となり、ペナルティーを要求する。そんなユーザーに情報システムを統括するCIO(最高情報責任者)がいるのだろうか。一方、IT企業が業務を知らない。それで期待したシステムが出来上がるはずはないだろう。
SIプロジェクトの成否は、ユーザーのITリテラシーにもある。失敗の原因をIT企業になすりつけて、料金を支払わないユーザーもいる。弱い立場のIT企業は「理不尽なこと」と思っても取り立てられない。武藤氏は「トップにリーダーシップがないからだ。『技術者上がりで、お人よし』。そこがいいところなので、頼まれたものを作ってしまう。これでは会社は成り立たなくなる」と、IT企業の経営者に気迫と体力の養成を勧める。さらに、「黙っていたら倒産の危機になる」とし、武藤氏がIT企業の代理になり、ユーザーに取り立てにいくこともあるそうだ。
そこで、FBIはユーザーのシステムに対する意識を変えるため、ITリテラシー向上を支援する。「ITはよく分からないので提案してくれ」とユーザーに言われたら、「自分で勉強しろ」と武藤氏は怒るという。ユーザーは「金を払っているのに」と逆に怒り、契約を打ち切るとなっても「誰も引き受けてくれない」と言い返し、放置したらデジタル化の波を乗り遅れることを指摘する。あるユーザーから数千万円で受注した案件を、武藤氏は「その費用全てをITリテラシーの研修に費やす」とユーザーに説明したこともあるという。
ユーザーは「作ってくれるのではないのか」と不満を述べたら、武藤氏は「ユーザー主体でシステムを作る上で内製化が必要」と理解を求めた。なので、ユーザーはIT企業への丸投げを止めること。業務を一番知っているユーザー自身がシステム作りを内製化し、IT企業に支援してもらう体制にする。そして、ユーザーと一緒に作ったシステムをFBIがクラウドサービスで提供し、IT企業の選定やリスクの予測、品質管理などユーザーの参謀役にもなる。
武藤氏はIT企業の担当者に「ユーザーから『この人なら任せられる』と尊敬される」ことを求める。業者扱いになればお互い不幸になるという。そのためにも、IT企業はユーザーの業務を徹底的に理解し、「どうしたら儲かるのか」と自分たちのシステムと思って作り上げる。ユーザーにファンになってもらうIT企業になるということだろう。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。