日本IBMは7月3日、量子コンピューターの開発動向や日本での取り組みについて、報道機関向けのオンライン説明会を開催した。
執行役員 最高技術責任者 兼 研究開発担当の森本典繁氏は、本格的な量子時代の到来に向けたIBM Quantumチームの取り組みとして「ハードウェア・ソフトウェアの開発」「量子技術基礎研究」「実用化に向けた市場・事業開発」の3つに加え、量子コンピューター時代を支える新たな人材として“量子ネイティブ”の育成にも注力していることを紹介した。
続いて、今なぜ量子コンピューターが必要とされているのかについて、現状を踏まえて解説した。同氏は、これまでのコンピューターの処理能力が、いわゆる「ムーアの法則」に沿って「約18カ月で2倍」になってきたことを指摘。現在は「AI(人工知能)、ディープラーニング、データサイエンス、IoTといった形で、膨大な量のデータを学習したり分析/解析したりする時代」になっている。
また「地球上で必要とされる計算機資源の量は12カ月で2倍に増加している」という推計もあることから、仮にムーアの法則通りの性能向上が今後も継続したとしても必要とされるコンピューティング能力を賄うことはできないという認識を示した。
一方で、量子コンピューターの性能向上が着々と進んでいるが、その性能を単純に量子ビットの数だけで判断することはできないといい、IBMでは「量子ビットの数」(多いほどよい)、「エラー率」(少ないほどよい)、「連結量」(多いほどよい)、といった複数の指標を総合的に判断して算出した「量子ボリューム(Quantum volume:QV)」という値で量子コンピューターの演算能力を示すようにしたことを紹介した。
なお、2020年1月には量子ボリュームで「32」を達成。量子ボリューム比で見ると、過去4年間で毎年性能が2倍ずつ向上しており、「今後もこの毎年2倍の性能向上ペースが継続される見通し」という。ムーアの法則を上回るペースで、現在のワークロードが要求する処理性能の増大ペースに歩調を合わせた性能向上が見込まれることが、量子コンピューターが有望視されている理由だと同氏は指摘した。
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続いて、IBM東京基礎研究所 部長、IBM Q Hub at Keio University - IBM Leadの渡辺 日出雄氏が「IBM Q Network」などを紹介した。IBM Q Networkは「量子コンピューターの研究加速(Accelerate quantum research)」「商用アプリケーションの開発(Develop commercial applications)」「人材育成(Promote education and prepare)」を活動の3本柱とするプログラムで、グローバルでさまざまな企業/組織や学術研究機関が参加している。
日本はグローバルで見ても特に活発に活動している拠点の一つであり、2018年5月に慶應義塾大学量子コンピューティングセンター内に開設された「IBM Qネットワークハブ」は民間企業も参加したハブとしては「おそらく世界初」の取り組みだという。こちらでは現在「金融」「化学」「AI」の3つの応用分野と「ソフトウェアインフラストラクチャー」の4つのサブチームが活動中で、産業界に有用なアプリケーションをいち早く作っていくための活動を行っているという。
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最後に、GBS 戦略コンサルティング アソシエイト・パートナー/IBM Quantum Senior Ambassadorの西林泰如氏が、量子技術を活用したビジネスを作っていくための国内での活動の状況について紹介した。量子コンピューターに関わる先進技術の実用化に向けて、顧客とともに市場や技術を開拓していくとし、ユーザー企業と「併走していく」という表現でユーザー企業の量子コンピューター利用を支援していくとした。同様の取り組みはグローバルで展開されており、現在では主な注力分野として金融、製造、化学、流通、ライフサイエンスといった分野でユースケースの開発に取り組んでいるという。
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量子コンピューターに関しては、2019年に「量子超越性(Quantum Supremacy)」に関する論文発表があったことで急速に注目を集めた。すぐにも実用化されるような期待が盛り上がり過ぎたような印象もあるが、森本氏は現状をあくまでも「開発段階」と位置付ける。「今ある量子コンピューターがすぐに大きな成果を出すということではない」(西林氏)
また、既存のスーパーコンピューターの処理能力を量子コンピューターが超えるという予測についても「量子コンピューターの性能向上は量子ボリュームを見ることで相対的に評価できるが、既存のスーパーコンピューターの性能向上も続いているため、量子ボリュームがいくつになったら既存のスーパーコンピューターを上回ると明確に言い切るのは難しい」としながらも、特定の領域では数年後に既存のスーパーコンピューターを上回る性能を達成できるのではないかとの見通しを示した。
なお、2019年末に米IBMと東京大学がパートナーシップ締結を発表し、その際に日本国内に「IBM Q System One」の実機を持ち込んで運用することも発表されているが、この計画の進ちょくについて同氏は「現時点ではまだ国内に持ち込まれてはいない」ことを明かしている。