大手企業から転職するシニアひとり情シス
中堅中小企業によっては、定年制度を撤廃して熟練した技術者の雇用を続けるケースが増えてきました。大手企業を定年退職した方を採用してシニア社員として戦力化しているのも珍しくありません。これは情シス部門でも同じで、大手ITベンダーなどで働いていた方が定年退職後転職して、中堅企業のひとり情シスになることもあります。
転職後に社内で重鎮として活躍を見せ、若手社員と交わり積極的に議論して楽しそうな「シニアひとり情シス」の方にお会いしたことがあります。この方は、今までIT知識の研さんや経営学などの勉強を続けてきた方です。自身が支援するスポーツ団体の基幹システムまでボランティアで作ってしまいます。週4日勤務を条件に採用してもらい、週末は旅行に行って日本の百名山を攻略するというとてもうらやましいシニアライフを送っています。
長い間所属していた企業の文化やプロセスに染まり過ぎてしまったため、大手企業出身の社員が中堅中小企業に転職した後に活躍できないということがありますが、情シスでも全く同じです。情シスに対して、大手企業では専門性が求められますが、中堅中小企業では幅広いスキルや新しいスキルも求められるので、同じ情シスであっても全く異なります。そのため、採用には慎重にならざるを得ません。
とはいえ、活躍しているシニアひとり情シスが増えているのは事実です。最近では、フルには情シスを抱えられない企業などに対して、2社を同時にサポートするシニアひとり情シスなども増えてきて、とても重宝されています。定年後のセカンドキャリアなので、成り立つ働き方です。
大手企業が慰留する情シス社員
しかしながら、この流れにも変化が起きています。IT人材不足は、大手企業でも同じです。最近では大手企業も定年を延長し、65歳定年の企業も多くなってきました。これまでの定年後の再雇用による定年延長では給与が極端に下がるケースが多かったですが、今は違います。同じ条件で再雇用することもあります。
それというのも、大手企業のベテラン情シス社員は幅広い知見や経験を持っており、自分の手でインフラやプログラムの設計などができる方もいるからです。また、そのような情シス社員は修羅場も踏んでおり、止めてはいけないミッションクリティカルなシステムの運用経験も豊富です。このような仕事は経験不足の若手社員がやりたがらないということもありますが、若手社員に辞められては困るという配慮もあります。IT職の人気が落ちていることは本当に大きな問題です。
スキルを持つ情シス系社員を大手企業は離したくないので、このままでは定年が65歳から70歳になることも現実的に考えられます。今まで大手企業から中堅中小企業に流れてきていたシニアひとり情シスも、今後は大きく減る恐れがあります。
前途洋々なセカンドキャリア
今までは、情シス部門には「コストセンターだ」「金食い虫だ」「ユーザー部門の要求を聞かない」など厳しい声も多かったと思います。その中を生き抜いてきたスキルの高いエンジニアには、定年後もバラ色なキャリアが見えてきているというのはある意味皮肉なものです。しかし、今までの日本経済のITインフラを守ってきたわけですから当然の報酬なのかもしれません。
中堅中小企業で活躍しているシニアひとり情シスについて、ITに関する知見はもちろんですが、大手企業では当然の知識であるガバナンスやコンプライアンス、監査の知識などのアドバイザーとしても中堅中小企業の運営にとってはとても有用です。
中堅中小企業がグローバル市場に展開することも多くなっていますが、大手企業出身のシニアひとり情シスは海外子会社サポートの経験もあるので、海外事情にも詳しいことがあります。情シス業務以外でのシニアひとり情シスの存在感もとても大きいといえるでしょう。
今までのスキルの延長で仕事を続けるのもよいですし、今までのスキルに加えて大手企業の経験を中堅中小企業に展開するセカンドキャリアの仕事もとても素晴らしいものです。この話で教訓にすべきことは、どんなことがあってもポジティブに地道にスキルを積み上げていくということでしょうか。シニアひとり情シスのセカンドキャリアは、もしかしたら安定志向を重視することが多い若手社員へのITの仕事の醍醐味として強烈なメッセージになるのかもしれません。
- 清水博(しみず・ひろし)
- ひとり情シス・ワーキンググループ 座長
- 早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のディレクターを歴任、ビジネスPC事業本部長。2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。2020年独立。『ひとり情シス』(東洋経済新報社)の著書のほか、ひとり情シス、デジタルトランスフォーメーション関連記事の連載多数。