中堅中小企業がクラウド化できない理由
中堅企業のひとり情シスは仕事が多く、日常的に忙しい状態です。そのため従来のオンプレミス型のプロジェクトであっても、複数のプロジェクトを並行して実行するのはなかなか容易ではありません。一つのプロジェクトが数年がかりで終ってから次の案件に着手するというのが一般的です。
そのため、クラウド化のニーズがあることは理解していても、なかなか着手できずにいます。企業規模が大きくなるにつれてクラウド利用率は高まるという調査結果がありますが、まさにその通りです。特にひとり情シス企業では、クラウド活用もまだまだどころか、その前提となる仮想化技術の導入なども遅れているということが報告されています。
少ない人員の情シスで運営している中堅中小企業の中には、全てのプロジェクトに関して慎重で保守的な企業も多いです。特に、現在稼働しているシステムのクラウド化を非常にためらっています。また、中堅中小企業は多かれ少なかれ大手企業の取引先が存在することも多く、情報漏えいのリスクを恐れてクラウド化できないという考えも多いようです。クラウドの利点などを十分理解していても、もう既に一般的に普及している電子メール環境のクラウド化であったとしても、社内承認を得て浸透させるのに大変苦労したという話も聞きます。
大きな変革期、71.3%がクラウド傾向
中小企業庁が発行する「中小企業白書」で最後にクラウドコンピューティングについて触れられたのは、2016年のことでした。大手企業のクラウドコンピューティングの利用が約48%だったのに対して、中小企業では約27%であり、20ポイントもの差が開いているとの報告があります。
今回のひとり情シス・ワーキンググループが2020年12月実施した「ひとり情シス実態調査」と「中堅企業IT投資動向調査」では、中堅企業の68.1%が既に何らかのクラウドを利用していることや、さらに71.3%が今後サーバーをクラウド化する方向で検討していることが判明しました。これは、オンプレミスを継続利用する企業の割合(18.3%)を大きく上回っており、コロナ禍での在宅勤務対応などによりクラウド志向の中堅企業が急激に増加した実態がうかがえます。
社長のリーダーシップによるクラウド決断は失敗を繰り返す?
コロナ禍の中堅企業では、大手企業とは異なった悩みが発生しました。多くの部門がギリギリの人員で運営されていたため、新型コロナウイルス感染症に感染してしまったら即座に業務が止まってしまう恐れがあります。大手企業よりもリスクがはるかに高いということです。
ある会社では、すぐに在宅勤務や事業継続できる環境構築を目指すことになりました。普段はITにさほど関心がない社長が急ぎクラウド化を社内に指示し、自身でもリーダーシップを発揮しました。環境構築に当たり、社長の知人を経由してクラウドを提供できるITベンダーに提案を依頼しました。
しかし、この会社はクラウドの経験がありませんでした。また、ひとり情シスの方もクラウドを実践的に使った経験に乏しく、さらにリモートワークの準備に時間を取られてクラウドの検討どころではない状況でした。提案をもらったけれども中身を評価できないというわけで、ひとり情シス・ワーキンググループに相談があったのです。
提案内容は、月額10万円以下の大手クラウドベンダーのサービスの転売やインテグレーション費用を含めたものでしたが、総額の初期提案費用が約1000万円もしました。要求仕様が定まらない場合はITベンダー側も最大限のリスクを考慮した提案をしてくるのは理解できますが、1000万円もの金額だと中堅中小企業は簡単に判断できません。
30~40年前、中堅中小企業がこぞってオフコンを導入しました。社長がセミナーに出席して高額な契約を締結したのですが、オフコンを稼働させることは全くなく、リース料だけ支払い続ける企業が続出しました。社長がITに関してリーダーシップを推進するのは、中堅中小企業ではとても良いことです。しかし、過去のオフコンと同じ失敗をクラウドで繰り返さないためにも、自社の状況を客観的に把握することや、クラウド化の中身を正確に理解すること、そして活用の可能性を社内で十分討議することなどが必要です。
- 清水博(しみず・ひろし)
- ひとり情シス・ワーキンググループ 座長
- 早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のディレクターを歴任、ビジネスPC事業本部長。2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。2020年独立。『ひとり情シス』(東洋経済新報社)の著書のほか、ひとり情シス、デジタルトランスフォーメーション関連記事の連載多数。