山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

中国のミニプログラム普及で増える不正行為と闇市

山谷剛史

2022-06-22 07:00

 コミュニケーションツールとして「LINE」の何歩も先を行くのが「微信(WeChat)」である。WeChatは、LINEの未来の方向性を示しているといえる。インスタントメッセンジャーや電子決済、ミニプログラム、ソーシャルログインといった機能を備え、中国の生活においてもはや欠かせないツールとなっている。

 それだけ生活に根ざしたサービスであるが故に、WeChatを利用した詐欺は多く、メディアでも頻繁に報じられている。WeChatのアカウントには携帯電話の電話番号を登録する必要があり、電話番号を取得するには実名登録が求められる。そのため、気軽にアカウントを作ることができず、WeChatアカウントでの犯罪行為はすぐに足がついてしまう。実名アカウントで犯罪を起こして捕まる人もいるが、逮捕されないようにいわゆる「捨て垢」を利用する人も多い。

 では、捨て垢をどうやって手に入れるのだろうか。捨て垢は大きく2つに分けられる。一つは不正アカウントを量産する専門組織の手によるもので、例えば、不正入手した個人情報から電話番号を取得し、そこから作成されたアカウントである。この場合、多くの犯罪に手を出しているという疑惑がかかると目を付けられやすい。アカウントを養うという意味で「養号」という言葉があり、さまざまな手段を駆使してフォロワーを増やし、アカウントを転売するビジネスもある。

 もう一つは、他人から、それもまだ右も左も知らない学生などから、少額の報酬で譲り受けたり借りたりしたアカウントである。学生には「つながっている友達やグループに変なメッセージを送らないから」と約束する。その約束は守られるかもしれないが、犯罪に悪用されているという。

 中国紙「検察日報」によると、武漢市に住む10代後半の李氏は「WeChatアカウントを高額で借ります」という広告を見て、1日30元(1元=20円)で貸し出した。そのアカウントで複数人が詐欺に遭い、総額6万元余りの被害が発生した。李氏はそれに気づくも、自分の行為ではないので無視を続けたが、詐欺の共犯者として裁かれた。

 また、河南省に住む大学生の温氏は、3つのWeChatアカウント(90元)と、支付宝(Alipay、100元)アカウントを売り渡したところ、李氏と同じく詐欺に悪用され、詐欺の疑いで逮捕された。桂林市のネット警察によれば、発見したネット詐欺アカウントの多くが未成年の学生のものだったという。学生の劉氏は1日120元で犯罪組織にアカウントを貸し出したことで味を占め、級友や友人など10人以上からWeChatアカウントを集め、貸出仲介料を得ていたという。

 これまで、WeChatの捨て垢を使った不正行為は、オンライン詐欺やネットギャンブルが代表的だったが、近年はWeChatのミニプログラムで不正を働く捨て垢が増えたと、中国セキュリティ企業の永安在線(Ever.Security)は問題視する。

 具体的には、レストラン予約やデリバリーサービスでから注文を入れたり、有限のクーポンを独占したり、タイムセールで買い占めたりする嫌がらせがある。また、電子商取引(EC)サイトでは、団体購入を装い、まとめ買いによる値引きやポイントの不正取得が発生している。こうした不正行為により、消費者が本来の恩恵を享受できず、店舗や企業が損をするばかりになっているという。ちなみに、こうしたミニプログラムを対象とした攻撃は、従来のアプリで同じことをするよりも安価で、手軽なこともあり、被害が急増しているという。

 騰訊(テンセント)によるWeChatのソフトウェアライセンス/サービス契約を見ると、アカウントの所有権はテンセントに帰属すると規定されている。また、アカウントの登録ユーザーは、アカウントの付与、借用、リース、譲渡、販売によって、他人にアカウント利用を許可したりしてはならないと書かれている。

 しかし、学生の小銭欲しさと社会経験の欠如、つまり法的リスクをほとんど認識せず「ちょっと手放して稼ぐ方がいい」という考えから、安易にアカウントを他人にわたす。中国でミニプログラムの普及が進んだ結果、ここに挙げたような新手の不正行為と、それを実現するためのアカウントレンタルの闇市が生まれてしまっている。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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