なぜOracleは伏兵だったか
Sunの買収に関し、Oracleは伏兵であった。そもそも、Sunの買収劇を単にサーバマーケットのシェア争いとしてのみ見てしまうと、Oracleという名前すら出てこない。仮にサーバマーケットの呪縛から逃れたとしても、Oracleが伏兵たり得る理由がさらに2つある。
1つは買収対象のレイヤである。Oracleが過去に示してきた買収対象は、基本的にはデータベースレイヤよりも上、つまりミドルウェアかアプリケーションのレイヤであった。2005年頃に、オープンソースのデータベースに興味を示してMySQLを買収しようとしたこともあるが、結局InnobaseとSleepycatの買収したところで終わっている。そして、今回のSun買収までは、そのレイヤが下がることはなかった。SunはMySQLを持っているものの、その主軸はハードウェアとOSなのである。
もう1つは、「クローズドなOracle」と「オープンなSun」の対比である。かつて、Oracleについてはブログでも何度か取り上げたことがある。たとえば、OracleによるSiebelの買収とSalesforce.comによるAppExchangeのリリースを対比したもの、あるいは、OracleによるBEA買収とSunによるMySQL買収を対比したものがある。いずれも同じ日に発表された事象を比較したものであるが、Oracleが統合的ではあるが自社に閉じたソリューションで顧客へのメリットを提供しようとするのに対し、対比先の企業(上記ではSalesforce.comとSun)は、オープンなイノベーションを促進することで顧客へのメリットを提供しようとしている。
フォーカスするレイヤの相違、そしてソリューション提供の戦略に関する相違が、Oracleを伏兵たらしめたのである。しかしながら、買収は事実として存在し、これは想定外であっただけに、意外な影響をマーケットに及ぼすだろう。
今後の見通し
データベースの領域においては、Oracleがハイエンドとローエンドをカバーすることとなり、IBMやMicrosoftにとっては非常なる脅威になることは間違いないだろう。また、サーバ市場のシェア変動が起きる可能性がある。Oracleはもともとサーバベンダーではないので、今回の買収自体がシェア変動を直接起こすわけではないが、上位レイヤで高いシェアを握るOracleが下位レイヤでも攻勢に出る可能性は十分に考えられる。
一方、Larry Ellisonは、Javaを手に入れたことを重視している発言をしているようだ。もしかすると、Javaの提供主体が変わることがマーケットにとって最もインパクトを持つことになる可能性もある。特化型であるが故にオープンなテクノロジーで他社と補完関係を作り出してきたSunに対し、統合型であるが故にむしろクローズドな世界を築いてきたOracleである。その両社にとってJavaの位置付けは大きく異なるだろう。SunはJavaによって直接的なメリットをあまり享受してこなかったが、アプリケーションレイヤを持つOracleは直接的なメリットを享受することができるかもしれないのである。
Sunとは何であったか
Sunとは、サーバ市場に特化したベンダーとしてこれまで生き抜いてきた企業である。IBMがサービスビジネスへと主軸を移し、HPがコンシューマービジネスとバランスを取るのに対し、Sunはサーバ市場から脱却することはなかった。それゆえに、JavaやOpen Solarisのような非常にユニークな戦略を打ち出してきたのだと言える。
ただ、Sunはオープンイノベーションを実践するにはすでに大きくなり過ぎていたのかもしれない。Sunはオープンソースベンダーとしてスタートしたわけではなく、1つの戦略としてオープンイノベーションを選択したのである。その壮大な実験がOracleによる買収で終わるのは残念であるが、それ自体がオープンイノベーションの価値を否定するものではないだろう。
むしろ、Sunは1つのビジネス的な付加価値の構築の方法としてオープンイノベーションというものを示してくれたのだと思う。ポストSunの時代に期待したい。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。92年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。