
アトラシアン株式会社
エグゼクティブ プロダクトマーケティング ストラテジスト
渡辺隆 氏
IT現場はDXの成果をどう見るか
バックオフィスも無視できない負荷増大
多くの企業がDXに注力し、クラウドの活用やAIの導入などに取り組んで、業務の効率化や価値の創出に成功している。しかし、これが本当に全社的な効果か、全社員がDXの恩恵を享受しているのかというと、必ずしもそうではない。
特にIT部門は、DX推進の“あおりを受けた”代表例だ。クラウドサービスなど新たなテクノロジーの利用が増えたことは、インシデントの発生しうる個所が増えたとも言える。その結果、IT部門は問い合わせ対応に費やす時間が増大することになった。生成AIのような最先端技術に取り組むにもIT部門の能力・機能が欠かせず、既存のシステムのめんどうを見ながら技術やソリューションの選定、導入後のサポートも行わなければならない。これらの技術を安全に活用するためのセキュリティ対策強化やインシデント対応も、やはりIT部門の仕事である。しかし、サービスに対する日々の問い合わせ業務があるのは、IT部門に限った話ではない。
「企業のバックエンドで事業部門を支えるサービス部門も同様です。企業のDXが進んでも、経理や総務、人事部門などへの問い合わせやリクエストは減ることはなく、同じようなサポートリクエストに何度も応えなければならない状況が続いています。しかも、IT部門の負荷はサービス部門にも影響します。業務効率化のために新たな問い合わせ管理システムが欲しいと願っても、IT部門には対応する余力が残っていません。結局は表計算ツールで問い合わせを管理し、メールや電話で対応するという旧態依然としたやり方で何とかやりくりしているのが現状ではないでしょうか」と、アトラシアン株式会社 エグゼクティブ プロダクトマーケティング ストラテジストの渡辺隆氏は指摘する。
経営者がIT部門の人員増強を決定したとしても、人材の獲得には苦労しているに違いない。来たる2030年には未曾有の“ナレッジワーカー不足”が発生することが予測されている今、人手に頼った運用管理は不可能、抜本的な効率化が求められる時代になったのだ。
「特にIT現場のサービスデスク ―― ユーザー部門のリクエストやインシデント対応にかかる負荷が大きく、手が付けられていないという印象です。これを抜本的に解決するには、エンタープライズサービスマネジメントの視点が欠かせません。IT部門だけでなく企業全体を見すえた適切なサービスマネジメント手法を選択し、実績のあるフレームワークを導入することが、未曾有の状況へ対処するためのカギとなります」(渡辺氏)
ITSMからESMへ
企業内のあらゆるサービスを適切に管理
「ITサービスマネジメント(ITSM)」は、ITを安定的に提供し、継続的に改善していくための体系的アプローチである。単に技術的にシステムを管理するのではなく、“利用者が必要とするITサービスを提供する”という視点を重視している。古くからある考え方だが、ITサービスが業務効率化のための社内向けサービスという位置付けから、ビジネスそのものへと変化している近年、その重要性はますます高まっている。
ITSMのベストプラクティスをまとめたフレームワーク「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」は、ITSMを実践するためのガイドブックとして広く活用されている。1980年代に英国からスタートしたITILはバージョンアップを重ね、2019年に公開されたITIL4が最新版である。
「ITIL4ではITIL v3から一新され、DXを実践するためのガイダンスへと生まれ変わりました。従来のITILはシステムの安定稼働を重視していましたが、ITIL4は顧客と共に価値を共創し、変化に柔軟かつスピーディーに対応するために、リーンやアジャイルといった考え方が採り入れられています。ITでビジネスをつくることに注目し、スピードと品質を両立するITサービス、その運用管理手法がまとめられています」と、渡辺氏は説明する。
ITSMを実践することでIT部門のITサービスの質は高まるが、企業全体を見渡してみると、人事や総務、マーケティング、法務、経理といったIT以外の部門も「サービス」を提供している。各部門がそれぞれのサービスを提供することで企業は成り立っている。今日、企業内のあらゆるサービスの効率化や品質向上、継続的な改善を行う重要性が認識され始めている。
「アトラシアンはITサービスマネジメントを企業全体に拡張した『Enterprise Service Management(ESM)』に着目しました。私たちが提供するESMソリューションをご活用いただくことで、企業全体としての業務効率の大幅な向上、顧客満足度の向上、変化への即応力強化、従業員エンゲージメントの向上、そして投資対効果の最大化といった価値を得ることが可能になると考えています」(渡辺氏)

高負荷のサービスデスクを効率化
スピーディな問題解決を支援
人事や経理といった部門には日々、全社員から質問やリクエストが届く。それらのリクエストは電話やメール、チャットなど異なるチャネルから送られてくるが、担当者はそれぞれのリクエストを表計算ソフトで管理するといった管理を行なっている企業は少なくない。この管理方法では、ナレッジが一元管理されていないため、問い合わせ先も正確性に欠け、対応スピードは遅くなる。ナレッジ共有がないため属人性が強く、担当者がいなければ回答すらできない。結果、リクエストへのレスポンスは遅く、ユーザー満足度は下がるばかり。受付担当者の業務時間は長く、ストレスは増加するという悪循環に陥ってしまう。
アトラシアンのESMソリューションである「Jira Service Management」は、ナレッジ共有と自動化・生成AIの技術を活用したモダンなサービスデスクを提供する。ポータルやメール、チャットといった複数の問い合わせチャネルを使いつつ、窓口は単一のプラットフォームへ統合され、情報も一元的に管理できる。ワークフローは自動化されているため、リクエストに応えられる担当者が自動的にアサインされ、スピーディにレスポンスが返る。
AI技術を応用することによって、類似リクエストのグループ化、リクエストの優先順位付け、類似事例・対応経験者の検索なども自動化される。問い合わせ内容によっては、FAQやチャットボットを活用して自己解決できるため、レスポンスのスピードは属人的なサービスデスクの比較にならない。エンドユーザーにも受付担当にも負担が小さいため、満足度の大幅な改善が期待できる。
「アトラシアンのESMソリューションは、AIで強化された単一のプラットフォームによって、ビジネス部門とIT部門、開発部門を強固につなぐための仕組みです。例えロケーションが分散されていたとしてもチームが一丸となって働けるようにという、創業当初から受け継がれてきた思想が盛り込まれています」(渡辺氏)
Jira Service Managementを用いれば、サービスデスクを容易に構築できる。まず、各種サービスに必要な管理機能を盛り込んだテンプレートが用意されており、IT部門や開発部門に依存することなく自部門に適したサービスデスク環境を準備できる。よくあるリクエストやフォーム、ワークフローが設定済みであるが、自社のニーズに合わせてカスタマイズすることも容易だ。リクエストのためのポータルも自動で完成し、すぐにでも利用を開始できる。

先端技術の応用で実現される
よりよいサービス体験
アトラシアンでは、特にAI技術の活用に力を入れている。中でも「Atlassian Rovo」は、企業内に眠っている知識を掘り起こすための仕組みとして有用性が高い。
「社内ナレッジの検索には、非常に多くの業務時間を費やしているという研究結果があります。特に現代では、クラウドサービスの利用が増え、欲しい情報がどこにあるのかがわからないのです。RovoはさまざまなSaaSとの連携をサポートし、横断的に情報を検索できます。どんなキーワードで探せばよいかわからない場合でも、AIが検索をサポートしてくれます。私たちですら“ないと仕事にならない”と評価するほどです」
上述したサービスデスクの例のように、インシデント対応にも「Atlassian Intelligence」と呼ばれるAIが応用されている。類似したアラートをグループ化し、自動的に対応の優先順位付けを行う機能だ。また、過去のアラートに基づいて、その影響や考えられる対応手順を提案、類似インシデントに基づいて経験者をピックアップしてスピーディな問題解決を支援する。事後のインシデントレビューレポートも、自動的に生成可能だ。
例えば、ある取引の請求が重複していたとしよう。この珍しいインシデントを発見したとして、解決するためのマニュアルがあるとは考えにくい。そこでRovoのAIエージェントに似たような事例を検索してもらい、解決へのステップを確認する。場合によっては、類似インシデントを経験した担当者にアクセスし、解決のポイントを教えてもらうのもよいだろう。チームワークスペース「Confluence」と組み合わせれば、統合されたUIで担当者とスピーディに連携できる。
「Jira Service Managementは、従来のITSMツールと比べてもライセンス費用が安価で実装も容易、運用やメンテナンスの負荷も小さいのが特長です。これにより、サービスデスクのROIを大きく改善できます。コスト削減と生産性向上の効果は、約3億円にのぼるという調査結果も得られています。導入も比較的短期で、早ければ3か月で効果を得られた例もあります」(渡辺氏)

IT部門やバックオフィス部門を、いつまでもコストセンターと見なすのはナンセンスだ。プロフィットセンターの一部としてサービスを提供できるように、改善・強化を図るべきである。そのキーワードの1つとしてESMに着目し、ビジネスを中心としたサービス提供に必要な運用管理を実現していただきたい。